Archive for 12月, 1998

  • 夢日記1998

    Date: 1998.12.31 | Category: A:Diary | Response: 0

     人力タクシーの営業を始めることにした。あんがい需要はあるもので、「・・・まで行ってくれ」と、スーツを着たサラリーマンが僕を呼び止める。彼を背中に乗せ、さあ出発だ。
     近道はさっきのレストランの店内を抜けていく道だ。人混みをかき分け、そこを通 り抜ける。  その先の道が分からない。横にいる恋人に、「地図を見て」と頼むと、「その先の交差点じゃなくて、もう一つ向こうの「富山台」から、大通 りを行けばいいんじゃない?」と、地図を指し示す。
     そうだな。確かにそのほうが近いらしい。


     見たこともない男が、俺を狙っている。雑踏の中で、そいつはちっちゃな爆弾を投げつける。
     あの爆弾が、2回床を転がったら、アウトだ!
     とっさに身をよじる。ばかん、鈍い音とともに、そいつは閃光に変わる。おそるおそる、顔を上げる。なんだ、大したことないじゃないか。
     「あなたもあの爆風を受けたのね?あれは核爆弾なのよ、あの風を浴びてしまえば、私たちの命もそんなに長くないのよ!」と、そばにいた金髪の女性が俺に言う。
     そこにいた日本人は、爆弾を投げつけた男と、俺の二人だけだった、俺は自分を嫌疑の目で見ている彼女に気づき、あわてて英語で弁解しだす。あれ、英語も意外と喋れるじゃないか。
     「彼も俺も日本人だ、だけど、俺は関係ないし、どころか狙われていたんだ・・・」


     祖父と祖母と旅行に出かけた。
     旅先で、瓜のような野菜を見かけた。白い果肉が、しゃきしゃきとした歯ごたえを感じさせる。半分に切って盛ってあるそれは、一見大根のようだ。
     一つを手にとって、しげしげと眺めてみる。目を懲らせば、小さな虫が巣食っているのがわかる。5ミリくらいの小さな虫で、何かの幼虫のようだ。
     くるりとひっくり返すと、切り口にはその幼虫の卵らしきものがびっしりと付着していた。半透明の小さな卵だ。アゲハチョウの卵のようなもの、それが何十個とかたまって、削り取られた瓜の切断面 にくっついている。
     何を思ったのか、それを口にしてみる。じゃりじゃりという感覚が。
     こんなもの、食べてはいけない。
     あわてて卵を吐き出そうとするが、なぜかうまく吐き出せない。卵が孵化して、口の中でいがらのように引っかかるのだ。嘔吐するように、そのうちの一匹をようやく吐き出す。あの小さな卵から、カブトムシの幼虫くらい、大きくて茶色いイモ虫が産まれてきている。
     口中を蠢く、虫の感触が伝わる。必死になって全ての虫を外に出そうと思うが、もどかしいくらいにうまくいかない。あっ。噛み潰してしまった。
     水で口をゆすぎたい、そう思うのだが、体が立ちすくんだまま。とにかく虫を吐き出し続ける。そこいら中を、茶色い、唾液と虫の混じった液体が染めていく。
     「あんた、あれを食べたんだね」
     誰かが呼びかけている。思わず、羞恥した。


     恋人と辿り着いたのは寂しい海岸だった。国道から海まで、数百メートルの距離を砂浜が埋めていいる。その真ん中を、単線のローカル線の線路が延びている。
     一人旅の女に出会った。
     「ねえ、どこか安いホテル知らない?」
     「昨日泊まったホテル、ツインで7350円・・・」
     言いかける私を封じ、「そんなの、高いよ」という彼女は、よく見れば大きな荷物を背負っている。
     「じゃあ、駅前の商人宿とか?」
     「それと、野宿」
     「シュラフは・・・?」
     「ここにあるよ」と、彼女は鞄の中身をのぞかせる。青色の、シュラフがちらりと見える。
     よくよく彼女の顔を見る。すっきりした顔立ちで、髪をポニーテールにくくっている。色は白く、細い眉と引き締まった目元が知性を感じさせる。頬から顎へのラインは細くきゅっと切れ上がっており、その終点間近に小さな、閉じた唇がある。
     その後もこの子と話をしたんだけど、何を話したんだか忘れてしまった。そんなことはどうでもいい。この子は、俺のばっちり好みの子なんだ。
     列車が来て、別々の方向に別れる時間がきた。あわてて紙にメールアドレスを書いて渡す。急いで書きなぐったせいで、文字がよく判別 できない。もう一度、しっかりと書き直す。
     列車に乗る。席は空いているのだが、恋人と私、二人分まとまって座れそうな場所がない。所在なく立っている中、彼女がとりあえず腰をおろす。その横に隙間ができたので、私も腰かける。隣の男さえ、もう少し横にずれてくれたのならば、ゆっくりとくつろげるのに。

  • 漫遊参考資料

    Date: 1998.12.31 | Category: D:旅行 | Response: 0

    map.gif

    地図著作権:武田尚志


    02/25 交通費 阪神電車 140 2 280
    02/25 交通費 フェリー 2100 2 4200
    02/25 交通費 タクシー 1120 1 1120
    02/25 飲食費 うどん 1732 1 1732
    02/25 交通費 JR 3400 2 6800
    02/25 交通費 JR特急券 1150 2 2300
    02/26 飲食費 かまぼこ 252 1 252
    02/26 飲食費 コーヒー 500 2 1000
    02/26 交通費 路面電車 170 2 340
    02/26 飲食費 お菓子 336 1 336
    02/26 観光費 道後温泉 1240 2 2480
    02/26 飲食費 ポンジュース 160 1 160
    02/26 交通費 路面電車 170 2 340
    02/26 交通費 伊予電鉄 300 2 600
    02/26 交通費 フェリー 2170 2 4340
    02/26 交通費 路面電車 150 2 300
    02/26 交通費 路面電車 150 2 300
    02/26 宿泊費 ホテル 7350 1 7350
    02/26 交通費 路面電車 150 2 300
    02/26 飲食費 酔心 8140 1 8140
    02/26 交通費 タクシー 720 1 720
    02/27 観光費 平和記念資料館 50 2 100
    02/27 飲食費 お好み焼き 2415 1 2415
    02/27 交通費 路面電車 150 2 300
    02/27 交通費 JR 3570 2 7140
    02/27 雑費 コインロッカー 300 1 300
    02/27 交通費 連絡船 170 2 340
    02/27 観光費 厳島神社 300 2 600
    02/27 交通費 連絡船 170 2 340
    02/27 交通費 バス 240 2 480
    02/27 観光費 錦帯橋 210 2 420
    02/27 交通費 バス 240 2 480
    02/27 交通費 JR特急券 940 2 1880
    02/27 飲食費 ビアホール 3320 1 3320
    02/27 宿泊費 ホテル 9240 1 9240
    02/28 飲食費 ロッテリア 1218 1 1218
    02/28 交通費 バス 200 2 400
    02/28 飲食費 魯山亭 12915 1 12915
    02/28 交通費 連絡船 270 2 540
    02/28 飲食費 紅茶 1150 1 1150
    02/28 交通費 JR 270 2 540
    02/28 交通費 モノレール 160 2 320
    02/28 交通費 JR 200 2 400
    02/28 飲食費 コンビニ 2282 1 2282
    02/28 交通費 送迎タクシー 300 2 600
    02/28 交通費 フェリー 6090 2 12180
    03/01 交通費 バス 200 2 400
    03/01 飲食費 お菓子 626 1 626
    03/01 飲食費 ジュース 200 1 200
    03/01 交通費 バス 690 2 1380
    03/01 飲食費 昼食 1400 1 1400
    03/01 雑費 鳴門ワカメ 320 1 320
    03/01 観光費 観潮船 1500 2 3000
    03/01 飲食費 コーヒー 220 1 220
    03/01 交通費 バス 1350 2 2700
    03/01 交通費 高速艇 2540 2 5080


    小計 118,616

    一人分支出 59,308
    その他個人的支出 4,125


    総計(一人分) 63,433

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  • たばこについて

    Date: 1998.12.31 | Category: B:マジメな話 | Response: 0

     さて、久しぶりの「提言」はすこし卑近に、「たばこ」についてである。と書き出せば、おおかたの読者諸兄は「たばこの煙害についてだな」と勘をはたらかされるのではないだろうか。
     少し、違うのである。ヒステリックな禁煙論ではない、たばこに対する考察である。
     さらに付け加えていえば、「たばこ」を例にとって、論理的なものの考え方、というものをお勉強することも目的である。

     最初に、医学的な見地から。
     一般にたばこは体に悪いといわれている。特に、咽頭ガン、食道ガン、肺ガンの原因になっているといわれる。さて、まずはこの通説をくつがえすことからはじめよう。
     戦後増加したといわれて久しい肺ガンであるが、データを見るかぎり、その通りである。問題は、その主要因となっているものは何か、である。
     一般には、たばこと大気汚染である、とされている。多くの保健衛生の本にも、この二つは並列記述されている。が、それは正しいのだろうか。ここで科学的な観察手法を導入し、考察してみることにする。

     肺ガンになる確率=x×たばこの影響+y×大気汚染の影響(x、yは定数)

     と、おおざっぱな関数を仮定することにしよう。純粋な両者の肺ガンへの影響を確認しようとすれば、たばこ、大気汚染の片方を一定にして、残りのもう一方を増減させてやればよい。
     残念ながら正確な統計を出すほどの有意値を示す資料を発見することができなかったので、ここからは推論である。科学ではなくなってしまうのだが、まあいいのである。
     戦前にもヘビースモーカーと呼ばれる人間は数多くいた。記録に残っているのは文人、あるいは経営者などであるが、彼らの死因を調べてみると、意外に肺ガンというのは少ない。
     逆に、ノン・スモーカーで肺ガンに倒れるのは明らかに戦後から増大している。この前後で変化した変数は、当然大気汚染である。
     この2例から・・・例とも言えないのだが・・・・、戦後の肺ガンの増大は大気汚染が主要因であるといえよう。そんなことを言わなくても、マクロ的に見た場合、大気汚染と喫煙のどちらが空気を汚しているかということは、素人考えでも用意に推察がつく。
     同様に、食道ガンは食生活の変化という影響も見逃せない。咽頭ガンに関してだけは、たばこが主影響である。現段階、他に原因とされている要因がたばこに比べ比較的少ないからである。

     では、逆にたばこの好影響について考えてみよう。小説家の筒井康隆氏は、「たばこを吸わない人間は健康に気をつかうかわりに物事を深く考えず、意味もなくにこにこしている。話が面白くない。怒るとしつこい。どスケベ。文章が散漫である」という旨の文章を書いている。まあこれは氏一流のレトリックではあるのだが、逆説的にいえばたばこは高次の精神活動を助長するものである、ともいえる。作家に喫煙者が多いのはその裏づけであろう。もちろん、世の中にはノン・スモーカ-である知的生産者も多いので、これは必要条件とはならない。ただ、「たばこを吸うこと」が自らの知的創造に欠かせない、という人間もまた多いわけで、その人たちにとってはたばこを吸うことが必要十分条件になってくる。

     たばこには肉体的なデメリットがある・・・巷間叫ばれているよりは少ないといえ・・・が、逆に精神的なメリットも存在する。我々が「ホモ・エコノミクス」であるならば、デメリットよりメリットのほうが大きい場合、これを享受すればよく、その逆ならば喫煙すればよい、ということになる。肉体的デメリットだけを強調するのは、その裏側に存在するメリットを無視していること、およびそのデメリットを過大に宣伝していることの2点から、正確な議論を妨げている可能性がある。

     ちなみに、ここでの「ホモ・エコノミクス」でない好例は、格好つけでたばこを吸うヤンキーと、無思考状態で禁煙を声高に叫ぶおばさんたちである。

     閑話休題。さて、次は経済学的な観点から。
     日本の場合、たばこには税金がかけられている。なぜ税金がかけられているのか、について、あくまでも経済学的な発想から追ってみることにする。

     1・たばこを吸うことにより生じる疾病の、治療の対価として。
     2・副流煙を生じることに対する迷惑料として。

     まず1から。たばこを吸うことにより、肉体的にダメージを蒙ることがある。もっとも先に述べたように、その病気の全てがたばこのせいではなく、その何パーセント分かである。
     日本では社会保険が完備されているため、疾病治療費用のいくらかは実質上公費負担になっている。たばこをその原因(の一部)として、病気になって治療を受けたとしよう。喫煙行為自体は個人の嗜好であるため、社会通念上はともかく因果関係としては「個人の行為で社会に迷惑をかけた」ということになる。ここで重要なのがたばこ税なのである。一箱につき数十円の税金は、その公費負担を前納する、一種の保険システムであるという見方もできる。

     次に2である。たばこが純粋に個人的な範囲の嗜好であれば、それほど問題にはならない。ところが、たばこには「副流煙」というものが存在する。たばこを吸っている人の隣にいれば、好む好まざるに関わらず、その人は煙を吸う羽目になる。横で副流煙を吸っている人、いわゆる受動喫煙者は、何のメリットもないのに、その弊害だけを引き受けることになってしまう。経済学の用語を使えば、これは一種の外部不経済である。
     さて、ここでもたばこ税が、その外部不経済の是正に一役買うことになる。外部不経済により他者に損失を与えた分(具体的には精神的な苦痛と副流煙によってもたらされた疾病治療額)、喫煙者はそれを受動喫煙者、一般的には全てのノン・スモーカー、に対して補填しなければならない。それがたばこ税なのである。マクロ的に見れば、たばこ税の総額分、喫煙者は余分に税金を納めていることになる。この税金こそが、副流煙の損害に対して払われた代価である、といえる。

     問題は、この1、2を合計した金額とたばこ税の大小関係である。これが等しければ問題なく、1、2の合計金額のほうが大きければたばこ税は値上げするべきで、たばこ税のほうが大きければそれを下げるべきである。もちろん税金の多寡でたばこへの需要も変化すると思われるので、その点も考慮に入れねばならない。

     さて次は、一番重要な倫理学(俗説的な倫理ではない)的な観点からの考察である。
     ここでは「車の排気ガス」と「たばこの副流煙」を、「不特定の他者に与える煙害」として同列に仮定する。またその影響力は、当然車の排気ガスのほうが大きいものとする。
     以上の仮定(というよりはむしろ一般的な常識)に基づけば、「より人に迷惑をかける」車の排気ガスを出す人、つまり車社会におけるメリットを享受している人間は、喫煙者に対してその喫煙をやめるように注意することはできない。なぜならば、自らの行為すなわち車の運転=排気ガスの放出、を肯定しているにも関わらず、それより害の小さい行為すなわち喫煙を咎めるのは理屈に合わないからである。個人の感情、損得論(つまり、俺が車に乗るのは俺が便利だからいいが、たばこは俺がイヤなんだという理屈)であれば話は別だが、一般的な権利を主張する場合においてはそうである。

     ただ少し話を経済学に逆戻りさせてみよう。車のデメリットは排ガスであるが、その代わりに様々な効用(経済的である、肉体的苦痛を少なくする、時間の節約など)がある。同じように、たばこも前述のとおりメリットデメリットの双方を持っている。マトリクス的に分類すれば、

     1、たばこがメリットになり、車がメリットになる人間
     2、たばこがメリットになり、車がデメリットになる人間
     3、たばこがデメリットになり、車がメリットになる人間
     4、たばこがデメリットになり、車がデメリットになる人間

     となり、これらから、

     たばこをやめて欲しい人間=3+4

     車をやめて欲しい人間  =2+4

     という式が導出される。ゆえに、民主主義的解決法を取ろうとするならば2と3の多寡で倫理的判断を下すべきであり、それによって経済学でいう「パレート最適」が実現するのである。
     例を取れば、2のほうが3より多かったとしよう。その場合車を禁止してたばこを容認したほうがマクロでの満足は大きくなる、ということである。もっとも個々人によってその満足度、不満度は異なるので、現実には上記の式は当てはまらないであろう。

     一方、「人混みではたばこを吸わない」など、社会通念としてのマナーがある。これは自然な感情の発露ともとれるのだが、経済学的に見れば「効用を損なわない程度に、その外部不経済を抑制する」という考え方でもある。喫煙者が著しくその効用を損なわない限り、「ポイ捨てをやめる」「人混みでは禁煙」などのマナーを守るのは、ここでの「パレート最適」を実現する比較的容易な手段であるといえよう。問題は「マナー強制の行き過ぎ」であり、必要以上に禁煙を強制すれば喫煙者の満足度は低下し、結果的にパレート最適を実現しなくなる(かもしれない)おそれがある。その点には留意する必要があろう。

     さて、最後に文化人類学からの洞察である。
     一般に発展途上国では、「たばこは下層階級の吸うもの」という意識が強く、特にアジアではそれが顕著である。私が個人的に親しい東南アジアの友人たちはみな大学生(彼の地のエリート階級に属する)なのだが、おしなべて彼らはたばこを吸わない。また、上流階級が出入りする場所(一流レストランなど)は他の場所よりも禁煙率が高い。
     「先進国のほうが発展途上国よりも優れている、というのは正しいのかどうか」という議論はここでは避けるが、エスタブリッシュメントがたばこを吸うというのは、先進国や古い文化を持つ地域のほうが多いといえるだろう。
     「そうはいっても、あのアメリカでは禁煙がブーム」というご指摘もあろうが、精神病理学的にアメリカを分析すれば、「アメリカの正義」-ここでは禁煙をさす-、の形成過程は概して強迫神経症的であることが多い、という指摘は多くの識者がなすところである。
     つまり「こっちのほうがいいかもしれないんじゃないかな?」というあいまいな思考を許さず、「こっちの方がいいに違いない、絶対そうに違いない、だったら何が何でもそれをしなければならない」という極論に行き着いてしまう風潮がある、ということである。
     このような事柄も、喫煙の是非を考える上では頭に入れておきたい。

     以上の文章を読んだ上での「喫煙は是か非か」という判断は、おそらく人によって異なるであろう。そう。異なるのである。喫煙という行為のメリット・デメリットは個人によって異なるためである。

     この問題に限らず、賛否両論のある問題に関してその是非を考える上で必要なのは、公正な態度による考察である。万人にとってデメリットである行為ならば、それはすでにこの世から消え去っているはずであり、逆にいえば議論百出の事柄というのは、(自分にはマイナスでも)他の誰かにとってはプラスになるものであり、仮にそれがなくなれば誰かの効用が減少するはずである。

     「禁煙を徹底すべきだ」と言うのであれば、せめて「喫煙によってマクロ的な全体効用は減少する」ということを証明するべく努力すべきだし、「喫煙は個人の勝手」と言うのであれば、自らの行為が他人の効用を減少させていないかを考えるべきだろう。

     ようするに、「お互い思いやりを持とうね」ということである。それが欠如したまま、侃々諤々するのはナンセンスですらある。

  • ヒジュラ

    Date: 1998.12.31 | Category: A:Diary | Response: 0

    「役割」とは、結構明確なのだと思う。「ゲーム」の中の、配役分担。問題はその割り振られた役柄をちゃんとこなしているか、はたまた根源的にはその配役が適切なものなのかどうか、ということだろう。たまに、狭い狭いスポットライトの中で、舞台の袖幕も見えずに科白を喋っている気分になる。第二幕の台本は与えられているのだけれども、ト書きに書いてあるはずの、舞台設定はそのスポットライトの外側で沈黙を保っている、そんな感じだ。

     因果なもので、今まで、そしてこれから生きていく世界はそんな役割をちゃんとこなしていける人が、「うまくやっていける」舞台なのだろうと思う。そうである限り、たぶんこれからも僕は「台本通りに感情を込めて」、台詞を覚え、そして見るや見ざるやの観客にむかって独白を続けていくような気がする。いい悪いではない。物事には「良い悪い」などという真実は存在しない。
     そうである、だけだ。

     役割を外れた人間は、配役すらしてもらえない人間は、・・・・・・・いつも舞台の隅からスポットライトをのぞき続ける。スポットライトのまぶしい明かりだけを見つめるのも、スポットライトの外が見えないのも、どちらにせよ「舞台」の存在がゆえに規定されてしまっている。

     ヒジュラ。
     一般には「半陰陽者」「両性具有者」とでもいうのだろうか。外性器の形状異常で、男とも女とも認識されない人たちのことだ。彼らはある種のアウトサイダーである。先ほどの表現を借りれば「役割を与えられることのない人たち」だ。
     しかし、ある世界では彼らは男女どちらにも属さないがゆえに、汚れなき聖なる存在として扱われる場合もあるという。婚礼などには男女を取り持つ第三の存在として、欠かせない位置付けを与えられる。
     そう、彼らは役割を持たないがゆえの役割があり、そして自由である。自由とはおそらく孤独の裏返しなのだろうけれども、それでも彼らは自由である。

     ヒジュラ。
     たまに、渇望することがある。
     舞台に立ちながら、しかし自由なる存在。薄っぺらな自己規定など、そこでは意味もないし、用をなさない。
     モノローグも尽きる頃には、僕もアドリブの台詞で舞台を震わすことができるのだろうか。

     「巨大なミソスープの中に、今ぼくは混じっている、だから、満足だ」

  • ニルギリ

    Date: 1998.12.31 | Category: A:Diary | Response: 0

     知る人ぞ知る紅茶、ニルギリ。
     紅茶の葉は少し大ぶりのものが良くて、くずの細かい葉はミルクティーにして飲む。日本の粉茶と同じだ。
     そういう万国共通の常識以外にも、紅茶の葉には様々な形がある。葉を丸めて乾燥させてある、というのがそれになる。
     ニルギリの紅茶にはその形状のものが多い、と思う。おそらく、抽出に関係するのだろう。それとも、ニルギリの茶葉はそれほど上質でないのかもしれない。
     ダージリンほどくせがなくて、飲みやすい紅茶だ。

     今日はフランス映画を見ていた。リュック・ベッソンの「サブウェイ」。映画の筋をここで話すのは、みなさまの楽しみを奪うことになるので控えておくが、大変面白い映画だった。
     ぎりぎりのところで冷淡、そして温かかった。

     改めて自分を振り返ってみれば、「秀才肌(秀才ではない)」な生き方をしていたのだな、と思う。セオリーをはずさない、エクスキューズを常に用意しておく、左脳で行動する。もっともそれでは平凡すぎるというので、時には人がしないことをしてみせる。そう、これが道化の快楽。言い換えれば、「天才肌(秀才肌と同じく、天才ではない)のふり」をする。
     僕の行動は理解できないようにみえて、必ず言をつくせば他者の理解を求められる。おそらく、本当の天才肌と大きく異なるのは、ひとえにこの一点なのだろう。直感によって為された独創的な行動は、決して他者の共感を呼ばない。その孤独に耐えうるものが天才肌であり、それをリスクと見なすのが秀才肌である。結果として僕は「失わずに」すんできた。そのかわり、掌から「いくつかのなにか」がこぼれ落ちた。
     セイフティー・ネットの上で華麗に踊ってみせる綱渡り。誰でもない、その醜態をあざ笑うのは足下のネットを見続けて歩くピエロなんだ。

     計算された事象。
     堕ちることのない勇気。

     違う。

     まだ美しさは、見果てぬところにある。そう、まだ見えぬところに。

     「地獄の底まで堕ちねばならぬ。堕ちた先にこそ真実が存在するのだ。」

  • 1998/03/01 漫遊五日目(-徳島-鳴門-洲本-神戸)

    Date: 1998.12.31 | Category: D:旅行 | Response: 0

     起きたらまだ6時前だった。いつの間にやら消灯されたカーペット敷きの2等船室は、まだ誰も目を覚ましていず、しんと静まりかえっている。洗面 用具を持って、風呂を浴びに移動。窓からはうっすらと白んでいく朝の太平洋が眼望できる。気分も晴れる朝風呂である。残念なのは、雲のために、水平線をそめる日の出がおがめなかったことであろうか。

     ぼんやりと外を見ているうちに、徳島港到着のアナウンスが流れる。16時間の船旅は、あっという間だった。

     フェリーターミナルを出ると、出発しかけのバスがある。慌てて乗り込み、ひとまず徳島駅を目指す。ピンキーに訊くと、「鳴門の渦潮が見たい」ということなので、徳島駅からはさらにバスを乗り継いで鳴門へ向かう。「朝ご飯はお菓子がいい」と言い出すピンキーと、駅前で買った徳島銘菓をバスの中で食べる。徳島名産で、お菓子になるものといえば鳴門金時とスダチらしく、スイートポテトやすだち饅頭である。やたら甘いのでのどがかわく。一緒に買ったすだちジュースを飲むが、さっぱりとしたよい味だった。
     吉野川、ワカメの灰干しの作業などを窓から眺めながら、バスはちょうど1時間で鳴門公園に着く。

     風が強い。肌寒いくらいだ。終点のバス停でうろうろしていると、土産物屋のおばさんが出てきて「あんたら渦潮見物の船に乗るんか?」と話しかけてくる。
     「迎えの車がここに来て、港まで行って、そこで船に乗れるんや。帰りはどこへ行くんや?洲本か、それやったらバスに間に合うように、また送ってもらえるわ」
     ということなので、素直にすすめに従うことにする。迎えに来るまでまだ2時間近くもあったので、展望台に登る。鳴門海峡は一望のもとだが、残念ながら渦潮は判別 できない。白波のたっている辺りが、あれかな、と思わせるくらいである。
     ちょうど12時前なので、レストランに行く。メニューにはカレーやエビフライが並んでいるだけで、鳴門らしい食べ物がほとんどない。すだちを絞ったちくわと、ワカメうどんを食べる。ワカメはさすが本場で、歯ごたえがしゃっきりしている。

     さて、時間になったので土産物屋に戻る。おばさんから切符を買い、迎えに来たワゴンに他の観光客と乗り込んで、港へ向かう。2、3分ほど走るともう船が並ぶ港である。
     船は思いのほか揺れる。小さな観光船だし、風のせいか、波も高い。船は港を出ると鳴門大橋のたもとまですすみ、そこで渦潮を見学させる。
     渦巻く波が見える!
     大きいものや小さいもの、さまざまな渦ができては消えてゆく。あちらこちらに見えかくれする渦潮に、観光客全員で大はしゃぎする。わけてもピンキーは尋常でないはしゃぎっぷりである。
     鳴門大橋を後にする。渦潮が見られるのは、ほんの一部の区域だけである。たぶん、複雑な条件が重なり合ったところでしか起こらないのだろう。さて、渦潮にも波に揺れる航海にもすっかり興奮したピンキーは、「ピンコはね、ずっとこういうのを待っていたんだよ」と叫ぶ。今回最大級の「フガフガ」を呼び覚ましてしまったのは、鳴門に渦巻く渦潮であった。

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     洲本行きのバスで四国を後にする。淡路島の中心地である洲本からは、神戸まで高速艇が出ている。もう、それに乗って帰るだけである。
     鳴門大橋を渡り、バスは淡路島をひた走る。意外と山がちな島で、山腹を縫うようにして道を行く。高台からはさっき渡った鳴門大橋、そしてその向こうに四国が、潮風にかすんで見える。


    今日の行程
    フェリー (門司) 19:10 徳島 09:00
    バス 徳島港   徳島駅前 約20分
    バス 徳島駅前 10:00 鳴門公園 11:03
    遊覧船 鳴門港   鳴門港 約25分
    バス 鳴門公園 13:50 洲本港 15:06
    高速艇 洲本港 15:25 神戸港 16:37

  • 1998/02/28 漫遊四日目(下関-門司-小倉-門司-)

    Date: 1998.12.31 | Category: D:旅行 | Response: 0

     ホテルに泊まり、のんびりするとついつい朝も遅くなる。結局10時前に宿を出て、駅前のロッテリアでホットコーヒーを飲む。
     さて、所用のせいで明日の夜6時には神戸に着いていなければならない。コーヒーを飲みながら時刻表を繰る。

    九州島内をまわり、明日の新幹線に乗る。
    これから山陽路を東上し、神戸へ一直線。
    船で四国に渡り、四国からは明日考える。
    思い切って夜行バスで出雲に行き、明日そこから神戸を目指す。

     そんなところである。第1案には新幹線代という足かせがあり、第2案はあまりにも気だるい。第4案は寒そうである。
     ということで、四国に出ることにする。時刻表によれば、下関とは海峡を隔てた九州の門司から徳島までのフェリーが出航している。電話で今日の運行を確認する。門司港19時10分発だということなので、まずは下関の町を散策してみることにする。

     下関は古来より交通の要衝で、昔は赤間関と呼ばれていた。その名にちなんだ赤間神宮が、市街に存在する。駅から街の中心部までは少し距離があるので、バスに乗り込む。中国地方を旅していて思うのは、どのバスも古びていることである。街並みも同じ案配に古いので、何だか1998年であることを忘れてしまう。
     ここは源平興亡の壇ノ浦の合戦があった場所でもあり、赤間神宮はその際に海に身を投げた安徳天皇を祀っている。境内の裏には平家一門の墓もあり、歴史を感じさせる。
     その赤間神宮のそばには「春帆楼」とかつての英国領事館がある。「春帆楼」はフグ料理で有名な料亭で、日清戦争の下関条約締結の場ともなった由緒ある店でもある。2万5000円からのフグなど賞味できるはずもなく、そばに建てられた資料館だけを見学。
     英国領事館は一部が喫茶店になっているが、後はがらんとしていて面 影はない。ただ、建物のつくりはしっかりしている。金がかかっているからなのだろう。地震がきても、古い建物は簡単につぶれないのは、そのためである。ちなみに、阪神大震災でも某私立大学のきれいな校舎は無惨にも倒壊したが、神戸大学の古びた本館は見事に難を免れたのである。

     さて、下関といえばフグ、ウニなど海産物が目白押しである。是非にも食べたいので、手頃な店を探し回る。「魯山亭」という料理屋に入り、メニューをじっくり吟味する。親切な店員さんが出てきて、たぶん値段の高さに戸惑っていると思われたのだろう、「そうですね、こちらにも定食などがありますから、それを食べられてもよろしいんじゃないでしょうか」とすすめてくれるのを尻目に、

    フグ皮和え
    ウニ丼
    白魚の躍り食い
    イカの活き造り
     を注文する。イヤな客である。が、店員さんはあくまでも親切で、一品一品食べ方を教えてくれる。
     全て地物で、イカなどはその場で生きたものを刺身にするのだからうまさはこたえられない。ぶるぶるとしたのどごしの白魚(もちろん生きたまま!)も絶品である。さんざん食い散らかしたお代は12000円。よい気な漫遊である。

    07rosantei.gif

     親切な店員さんに見送られ、「魯山亭」を後にする。すぐそばの唐戸というところから、門司に渡る連絡船が出ているので、それに乗って九州上陸を果 たす。はるばるよくここまで来た、という感興がつのる。
     門司の桟橋のすぐそばに、JRの門司港駅がある。そこの観光案内所で地図をもらい、駅そばの由緒ある瀟洒な建物を見てまわる。歴史的な建築のそばには、最近建てられたとおぼしきレトロ「風」のホテルがあるのだが、風格が段違いである。
     急ににわか雨に見舞われたので、そのうちの一軒で雨宿りをしてから、駅のそばにある「ネイマ」という喫茶店で一服する。昭和初期のビルの1階を喫茶店にしたもので、門司らしい味わいがある。紅茶はハロッズのNo.14で、添えられたケーキもしっとりとしたいいものだった。

     門司港から電車で小倉に行く。小倉に何があるのかはさっぱり分からないが、かつての城下町だけに、風情もまたひとしおであろう。
     と思ったのだが、今の小倉はさびれた工業都市北九州市の中心であり、味も素っ気もない街でしかなかった。街を縦断するモノレールに乗って、車窓から小倉市内を眺める。錆の出たトタン屋根の目立つ、北九州市の衰退を象徴するかのような眺めが広がっている。が、あちらこちらで工事中の場所が目立つ。多分、乗り遅れた再開発の真っ最中なのだろう。数年経てばきれいな都市に生まれ変わるに違いない。
     フェリー会社に電話したときに、「夕方6時に門司駅の待合室から、乗り合いタクシーが出ます」と言われたので、電車で門司駅へ。駅前のコンビニエンスストアーで酒とつまみを買い込み、タクシーで港へ。15分ほどかかる道のりだったが、定額制なので一人300円である。

     定刻通り、フェリーは銅鑼を鳴らして出航した。「ピンコの命令通 り船も動くよ」と、興奮のあまりあらぬことを口走るピンキーを連れて、食堂で夕食を食べる。トラックの運転手などの利用が多いのだろう、ライスの量 が多く、若者にも嬉しいことである。
     疲れていたのだろう、食事が終わると9時前にぱたりと寝てしまった。最後の夜と買い込んだ酒も、結局飲まずにである。


    今日の行程
    バス 下関駅前 10:30 赤間神宮 約10分
    連絡船 唐戸 13:20 門司 約10分
    普通列車 門司港 14:53 小倉 約10分
    モノレール 小倉 15:40 企救丘 15:58
    モノレール 企救丘 16:05 小倉 16:23
    普通列車 小倉 17:23 門司 約5分
    乗り合いタクシー 門司駅 18:00 新門司港 約15分
    フェリー 新門司港 19:10 (徳島) (09:00)

  • デカン

    Date: 1998.12.31 | Category: A:Diary | Response: 1

     最近、友人推薦の「ALFA」で、シングルモルトのウィスキーに凝っている。ここのウィスキーはマスター直々の仕入れのものなど、他では飲めない銘柄がずらりと並んでいる。今まで家で飲んでいたのはシーバスリーガルの12年物なのだけれど、それですらいがらっぽい雑味にしか感じなくなるくらいに、ALFAの酒は旨い。

     そういうわけで、大変お酒に強くなった。世間的には、良いことだといえる。だんだんと、格好をつけずに酒を飲めるようになってきた、ということなのかもしれない。

     酔ったときに考えることはたいてい一途で、ときには狂気じみたものにすらなる。妥当な思考、すなわち相対性というものいっさいが消え去り、願望であったりいたずらな卑下であったりする。あるいはその二つがめまぐるしく入り乱れる。
     どちらにしろ、現在というのっぺりした時間を覆い隠すように、あでやかな彩りを与えてくれる場合が多い。一種の逃避行動ではあるが、それがゆえに人は酒を飲むのだろう。「全く酔わなくてねぇ」などという人は、見栄っぱりかつまらない人間だったりする。

     最近、困ったことに少々の量では酔わない。昔ならウィスキーの3杯も飲めばほろ酔いで阿呆なことが脳裏をよぎりはじめたものなのだけれども、近頃は素面でその程度の杯をくいっと干してしまう。幸か不幸か金がないので3杯で帰る。途端に、自分がなにを見ているのか、わからなくなる。
     もちろん、現実はよく見える。
     だけれども、「酒を飲んで見るべきもの、夢むべきこと」が、浮かんでこない。

     どちらかといえば、そのようなときに感じるのは茫漠である。おそらく、普段の僕もそうなのだろう。毎日挨拶をしては通り過ぎる、現実って奴とは、まあまあうまく折り合いをつけてやっていけている。だけれども、そこに明日が見えなくなっている。字義通りの「明日、来年」しか見えない眼鏡を、いつの間にかかけるようになったことに気づく。
     それは悪くない。悪くはない。
     だけれども、僕の目の前に広がるのは、茫洋としてとらえどころのない平原だけだ。

     「ロジオン・ロマーヌイチ、今となってはどっちでも同じことです。」

  • 1998/02/27 漫遊三日目(広島-宮島-宮島-岩国-下関)

    Date: 1998.12.31 | Category: D:旅行 | Response: 2

     9時頃ホテルを出る。コンビニで朝ご飯がわりにパンとコーヒーを買い、平和記念公園まで歩く。川を挟んだ向こうなのでそれほどの距離ではない。小春日和の日光が、心地よい。
     広島は原爆で全てが消滅したせいもあり、都市計画がきっちりしている、日本では珍しい都市の一つである。目抜き通 りも立派だし、路面電車もしっかり生き残っている。公園も緑も多く、都会の雑踏を感じさせない。
     平和記念公園は、そんな広島の中心に位置している。有名な原爆ドームも、このそばにある。爆心地のすぐそばであり、あの八月六日、このあたりは一瞬にして灰燼と化した。私とピンキーは、のどかな光に包まれた50年後、その地でうまいのまずいのと言いあいながら、パンをぱくついている。

     平和記念資料館を見学する。これについて、ああだこうだと書き連ねるのは止めにしたい。私もピンキーも、ここは2度目の訪問になるのだが、受ける衝撃は何ら衰えることがない。私たちは口もきかず、館内を経巡り歩いた。
     絶対に、訪れるべき場所である。そうこれを読む皆さんにも伝えたい。

    03shiryou.gif

    04shiryou2.gif

     原爆ドームを横目に見ながら、「お好み村」に向かう。ここには10軒程度のお好み焼き屋が入っていて、好きな店でお好み焼きを食べられる。見ていると、地元の人は行きつけの店が決まっているようだ。
     私たちはそのうちの一軒で広島焼き=焼きそばの入ったお好み焼きを食べる。お多福ソースという甘めのソースが関西とは違う。腹一杯になって、店を出る。駅まで路面 電車に乗り、そこから宮島を訪れることにする。
     広島には「ぷよぷよ」という大人気ゲームの開発元があり、駅前では「ぷよまん」という饅頭まで売っている。めざといピンキーが、いつの間にかちゃっかりその袋を手にしている。パンツの替えも人に用意してもらう子のくせに、なぜかこういうときだけはしっかりするのである。電車の中でも彼女はひとしきりはしゃぎ、その様子を見るに見かね心配してくれたおばさんに宮島への行き方を教えてもらうという特典までつく。

     船で宮島へ渡る。思ったより大きな島である。桟橋には鹿が戯れている。土産物屋が並ぶ通 りを、もみじまんじゅうの看板にふらふら吸い寄せられるピンキーを引っ張りながら、厳島神社へ歩く。
     残念ながら鳥居には潮が満ちていて、歩いて鳥居のたもとに行くことはできなかった。が、能舞台まである広い神社をゆっくりとまわり、その美しさにしばし佇む。
     「鹿のエサ」を、ピンキーが手にしている。そばの土産物屋で買ったらしい。コートを舐められたり鞄を食われたりしながら、手ずから鹿にエサをやっている。大したものである。そして、ここでも私の目を盗んで、しっかりもみじまんじゅうも買っている。お好み焼きは残したくせに、甘いものだけはどれだけでも入るようである。

    05miyajima.gif

     宮島から岩国まで、電車でおよそ20分。窓外には工場や、米軍基地に離着陸する飛行機が見える。
     基地の街らしく、駅前には外国人の姿が多い。先ほどの平和資料館を見たせいで、思わず「Fuckin!」と呟きたくなる。
     バスで錦帯橋に向かう。岩国城下に架けられた美しいアーチ橋である。ちらほらと観光客が見える程度の閑散としたところで、清流に架かる橋が美しい。通行料を払い、橋を渡って城下町に行く。
     ここ岩国は毛利氏の支藩である吉川氏の城下町である。吉川氏はあの「三本の矢の教え」で有名な吉川元春の子孫にあたる。石人形や瓦煎餅など、素朴な土産物が多い、いい街である。

    06iwakuni.gif

     町で有名なのは「白蛇」なのらしく、「白蛇館」という建物まである。ピンキーが見たいというので、そこに行く。「白蛇はね、お金が貯まる福の神様なんですよ」と講釈をたれ、観光客から百円玉 をせびり取るおばさんの顔を見るうちに、中に入る気が失せる。ピンキーはちゃんと中に入り、白蛇とも対面 して満足げなご様子である。

     岩国駅まで戻り、再び山陽本線に乗り継ぐ。今晩の目的地、下関までは3時間半の長旅である。
     途中で日も暮れ、何も見えない車中にだんだんうんざりしてくる。はやく電車を降りたくなってくる。2時間経った小郡で、普通 列車を乗り通すことを断念し、新幹線に乗り換える。たった4両編成の「こだま号」である。
     新下関で下車し、在来線で下関に着く。駅前をふらふらしてみるが、居酒屋以外に何も見あたらない。一番ましそうなのは駅にあったビアホールだったので、そこでビールを飲みながら夕食にする。鯨がメニューにあるなど、下関らしさは多少感じられる。店員の接客が恐ろしくよい店だった。

     さて、今晩は野宿の予定である。山陰線に乗り、手近なところで眠ることにしようと思う。が、ピンキーはホテルに泊まりたいとのたまう。松山の野宿と、昨晩の快適さのギャップがあまりにも激しかったからだろう。女の子に野宿をつきあわせるほうが普通 はどうかしているので、素直に駅近辺のビジネスホテルに泊まる。建物は古いが、部屋は清潔だった。「お二人だからダブルのほうがええですわなぁ」とほざくフロントのヒヒじじいさえいなければ、まずまずの宿である。


    今日の行程
    路面電車 八丁堀 広島駅前 約10分
    普通列車 広島 12:56 宮島口 約10分
    松大観光船 宮島口 13:30 宮島 約5分
    松大観光船 宮島 15:00 宮島口 約5分
    普通列車 宮島口 15:22 岩国 15:42
    バス 岩国駅前   錦帯橋 約15分
    バス 錦帯橋   岩国駅前 約15分
    普通列車 岩国 17:48 小郡 19:42
    新幹線 こだま 小郡 19:49 新下関 20:08
    普通列車 新下関 20:21 下関 20:30

  • 1998/02/26 漫遊二日目(松山-広島)

    Date: 1998.12.31 | Category: D:旅行 | Response: 0

     松山に着いたのは真夜中である。特急列車から降り立った乗客は、三々五々と家路についていく。何もあてがないのは我々二人だけである。
     ・・・松山駅には夜も開放されている待合室がない。しかし、ホテルを探す金もない。しかたがないので風を避けられそうな通路の隅っこを見つけ、そこでシュラフを出して夜を明かすことにする。暴走族の爆音が時折騒がしい。いささか物騒ではあるが、そばに交番があるので、何とかなるだろう。
     同じ境遇におかれた酔っぱらいのおっさんも、そばでごろ寝している。さすがに寒そうではあるが、シュラフにくるまっていればそうでもことなく、疲れも手伝って眠りにつく。

     朝5時には目が覚める。少し人通りができていて、みんな奇異な視線をちらりと投げかけていく。普段と違った視線から、街を眺めるのもよいものである。・・・やせ我慢はさておいて、シュラフを片づけ町の中心部に出ることにする。松山の中心はここから少し離れた伊予電鉄の松山市駅である。松山駅前にはまだ開いている喫茶店もないので、歩いてそこに向かう。
     松山市駅前では、なぜかかまぼこ屋さんだけ、すでに明かりがついている。海の町らしくて、風情がある。エビ天とイカ天を食べる。素朴で、やはり作りたてだからであろう、いい味である。
     唐突にピンキーが「追試がある!」と叫びだした。留守番電話にそんなメッセージが入っていたからである。顔面蒼白になった彼女はパニックになって、食べかけのゴボ天をあろうことかゴミ箱に捨て、タクシーに飛び乗ってしまう。結局松山駅まで逆戻りし、試験を受けないことに決めてモーニングコーヒーにする。駅前の「時計台」という喫茶店で、おいしいコーヒーだった。朝からこんなコーヒーにあたるとは、一日のはじまりも気分が良いというものである。

     路面 電車で道後温泉に行く。駅から温泉まではアーケードの繁華街になっていて、おみやげ物屋が軒を連ねる、変哲のない街並みである。道後温泉の本館まで歩くこと数分。この本館は明治27年に建てられた重要文化財で、道後の町にあって唯一その伝統を感じさせてくれる。改築がトタン屋根なのも、ご愛敬である。
     夏目漱石の「坊ちゃん」にも、この道後温泉が登場する。小説に選れば、坊ちゃんはここ道後温泉本館の一番高級な湯につかったのである。本館は3ランクに分けられていて、それぞれ待合室、お茶や浴衣の有る無しで差がつけられている。1240円なりを払い、当然その一番高級な「霊の湯」に入る。3階にあがり、個室に通 され、浴衣が運ばれる。浮世離れした蕩尽の香りがして、小原庄助さんも真っ青な朝風呂である。

    01dogo.jpg

     さっぱりとした湯につかり、浴衣姿で天目茶碗のお茶を飲む。ピンキーは、「坊ちゃん」文中にあるとおり、ちゃんと湯船で泳いできたそうである。ちなみに、彼女は「坊ちゃん」を読んだことがないのであるが、お調子者の行動は時を越えて普遍、ということであろうか。「坊ちゃん団子」もついている。おやつの用意だけがいいピンキーは、温泉の前にあった土産物屋で「たると」なる四国銘菓も購入し、一緒に頬ばっている。昨夜の野宿がうそのような、極楽気分である。

     道後温泉から再び路面電車で松山市内に舞い戻り、「銀天街」という市内一の繁華街、であろう、を歩く。地方の中心都市だけあって、百貨店やブティックの揃いは50万人都市規模である。「銀天街」という名はおそらく「銀座天国」などから命名されたと思われるが、アーケードの様子などはどう見たところで大阪心斎橋である。ただ、人通 りが少ないので、ゆったりとした街に感じる。古本屋が多く、くだけた風であるのもまたよい。ちなみに、「銀天街」の愛称は中四国各地で見かけたので、この地方の習俗、と呼んでも差し支えないだろう。都会への憧れ、というやつである。

     松山市駅から伊予電鉄に乗り、三津浜港へ向かう。昼過ぎの地方私鉄にしては、まずまずの混み具合。20分ほどで三津駅に着き、人に道を訊ねながら潮のにおいがする商店街を港まで歩く。商店街はこれ以上さびれようもないといった様子で、人通 りもまばらである。新しい建物もなく、まるで昭和40年代を思わせる。
     13時20分発の広島行きフェリーに乗船。ローカルフェリーのくせに、女性クルーは美人である。意外な気がする。ピンキーは窓側に座ると、どこでいつの間に買い込んだのか、ごそごそとお菓子を取り出し、もそもそと食べはじめている。
     フェリーの窓からは「ターナー島」が見える。これも「坊ちゃん」登場の小島で、登場人物が「ターナーの絵に似ている」と言ったことからその名で親しまれている。松がぽつんと生える、本当に小さな島で、ターナーというよりは南画のおもむきが強い。明治文化人の常として、漱石も西洋かぶれだったのだろう。

    02tana.jpg

     途中船は呉に寄港し、ちょうど3時間で広島の宇品港に着く。港からは、ここでも走っている路面 電車で市内へ。やたら古い路面電車ではあるが、その飛ばしっぷりは大したものだ。

     広島駅前まで、およそ30分の道のりであった。広島というと「ヤクザ」「菅原文太」「ガラが悪い」という連想方程式が脳裏をよぎるので、今晩はホテルに泊まることにする。安ホテルを探そうと、ハローダイヤル、ホテルガイド、タウンページをしらみ潰しに探し、電話をかけていく。結局ピンキーが探し当てた「セジュールフジタ」が最も安かったので、そこに向かうことにする。繁華街の西、川を渡った舟入町。「やっぱりピンコは有能だね」と、見つけた本人はいたくご満悦の様子である。
     さてその「セジュールフジタ」であるが、ワンルームマンションをホテルに改造したつくりになっていて、普通 のホテルよりもくつろげるし、台所などもついている。。中はきれいで清掃も行き届いていた。これで値段は7350円。二人分の料金である。破格というべきだろう。

     荷を置いて、繁華街で夕食にする。「酔心」という、広島銘酒の蔵元が直営する大衆割烹が目的の店である。そこでカキフライ、カキのたたき、オコゼの唐揚げなどを注文し、ビールと熱燗で一杯。よい気分である。さすがにカキは新鮮で、生臭さが全くない。
     いい気分に酔ったので、帰りは路面電車に乗るのも面倒くさくなり、タクシーで宿に帰る。

     ぐっすり寝こけて目が覚めてみると、夜中の2時だった。少し胃に入れたい、という飲んだ後特有の感覚に襲われたので、コンビニエンスストアーまで買い物に行く。途中、民家の玄関に、

     「被爆国の首相は懺悔し、八月六日、九日を国民の休日にせよ」

     という張り紙を見つける。悄然とした気持ちになり、明日は平和記念資料館を訪れようと思った。


    今日の行程

    路面電車 松山駅前 道後温泉 約20分
    路面電車 道後温泉 大街道 約10分
    伊予電鉄 松山市 12:15 三津 約20分
    フェリー 三津浜港 13:20 広島港 16:20
    路面電車 宇品 広島駅前 約30分
    路面電車 広島駅前 舟入町 約20分
    路面電車 舟入町 立町 約10分
    タクシー 立町 舟入町 約5分

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