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	<title>俺なりのたわごと &#187; 中国</title>
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	<description>こうしてぼくたちは、絶えず過去へ過去へと運び去られながらも、流れに逆らう舟のように、力の限り漕ぎ進んでゆく。 - "The Great Gatsby", F. Scott Fitzgerald</description>
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		<title>1998/02/28 漫遊四日目（下関-門司-小倉-門司-）</title>
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		<pubDate>Fri, 01 Jan 1999 07:59:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>
		<category><![CDATA[九州]]></category>
		<category><![CDATA[食]]></category>

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		<description><![CDATA[　ホテルに泊まり、のんびりするとついつい朝も遅くなる。結局10時前に宿を出て、駅前のロッテリアでホットコーヒーを飲む。
　さて、所用のせいで明日の夜6時には神戸に着いていなければならない。コーヒーを飲みながら時刻表を繰る <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/12/31/51/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ホテルに泊まり、のんびりするとついつい朝も遅くなる。結局10時前に宿を出て、駅前のロッテリアでホットコーヒーを飲む。<br />
　さて、所用のせいで明日の夜6時には神戸に着いていなければならない。コーヒーを飲みながら時刻表を繰る。</p>
<p>九州島内をまわり、明日の新幹線に乗る。<br />
これから山陽路を東上し、神戸へ一直線。<br />
船で四国に渡り、四国からは明日考える。<br />
思い切って夜行バスで出雲に行き、明日そこから神戸を目指す。</p>
<p>　そんなところである。第１案には新幹線代という足かせがあり、第２案はあまりにも気だるい。第４案は寒そうである。<br />
　ということで、四国に出ることにする。時刻表によれば、下関とは海峡を隔てた九州の門司から徳島までのフェリーが出航している。電話で今日の運行を確認する。門司港19時10分発だということなので、まずは下関の町を散策してみることにする。</p>
<p>　下関は古来より交通の要衝で、昔は赤間関と呼ばれていた。その名にちなんだ赤間神宮が、市街に存在する。駅から街の中心部までは少し距離があるので、バスに乗り込む。中国地方を旅していて思うのは、どのバスも古びていることである。街並みも同じ案配に古いので、何だか1998年であることを忘れてしまう。<br />
　ここは源平興亡の壇ノ浦の合戦があった場所でもあり、赤間神宮はその際に海に身を投げた安徳天皇を祀っている。境内の裏には平家一門の墓もあり、歴史を感じさせる。<br />
　その赤間神宮のそばには「春帆楼」とかつての英国領事館がある。「春帆楼」はフグ料理で有名な料亭で、日清戦争の下関条約締結の場ともなった由緒ある店でもある。2万5000円からのフグなど賞味できるはずもなく、そばに建てられた資料館だけを見学。<br />
　英国領事館は一部が喫茶店になっているが、後はがらんとしていて面 影はない。ただ、建物のつくりはしっかりしている。金がかかっているからなのだろう。地震がきても、古い建物は簡単につぶれないのは、そのためである。ちなみに、阪神大震災でも某私立大学のきれいな校舎は無惨にも倒壊したが、神戸大学の古びた本館は見事に難を免れたのである。</p>
<p>　さて、下関といえばフグ、ウニなど海産物が目白押しである。是非にも食べたいので、手頃な店を探し回る。「魯山亭」という料理屋に入り、メニューをじっくり吟味する。親切な店員さんが出てきて、たぶん値段の高さに戸惑っていると思われたのだろう、「そうですね、こちらにも定食などがありますから、それを食べられてもよろしいんじゃないでしょうか」とすすめてくれるのを尻目に、</p>
<p>フグ皮和え<br />
ウニ丼<br />
白魚の躍り食い<br />
イカの活き造り<br />
　を注文する。イヤな客である。が、店員さんはあくまでも親切で、一品一品食べ方を教えてくれる。<br />
　全て地物で、イカなどはその場で生きたものを刺身にするのだからうまさはこたえられない。ぶるぶるとしたのどごしの白魚（もちろん生きたまま！）も絶品である。さんざん食い散らかしたお代は12000円。よい気な漫遊である。</p>
<p><img alt="07rosantei.gif" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1998setouchi/07rosantei.gif" width="194" height="414" border="0" /></p>
<p>　親切な店員さんに見送られ、「魯山亭」を後にする。すぐそばの唐戸というところから、門司に渡る連絡船が出ているので、それに乗って九州上陸を果 たす。はるばるよくここまで来た、という感興がつのる。<br />
　門司の桟橋のすぐそばに、JRの門司港駅がある。そこの観光案内所で地図をもらい、駅そばの由緒ある瀟洒な建物を見てまわる。歴史的な建築のそばには、最近建てられたとおぼしきレトロ「風」のホテルがあるのだが、風格が段違いである。<br />
　急ににわか雨に見舞われたので、そのうちの一軒で雨宿りをしてから、駅のそばにある「ネイマ」という喫茶店で一服する。昭和初期のビルの１階を喫茶店にしたもので、門司らしい味わいがある。紅茶はハロッズのNo.14で、添えられたケーキもしっとりとしたいいものだった。</p>
<p>　門司港から電車で小倉に行く。小倉に何があるのかはさっぱり分からないが、かつての城下町だけに、風情もまたひとしおであろう。<br />
　と思ったのだが、今の小倉はさびれた工業都市北九州市の中心であり、味も素っ気もない街でしかなかった。街を縦断するモノレールに乗って、車窓から小倉市内を眺める。錆の出たトタン屋根の目立つ、北九州市の衰退を象徴するかのような眺めが広がっている。が、あちらこちらで工事中の場所が目立つ。多分、乗り遅れた再開発の真っ最中なのだろう。数年経てばきれいな都市に生まれ変わるに違いない。<br />
　フェリー会社に電話したときに、「夕方６時に門司駅の待合室から、乗り合いタクシーが出ます」と言われたので、電車で門司駅へ。駅前のコンビニエンスストアーで酒とつまみを買い込み、タクシーで港へ。15分ほどかかる道のりだったが、定額制なので一人300円である。</p>
<p>　定刻通り、フェリーは銅鑼を鳴らして出航した。「ピンコの命令通 り船も動くよ」と、興奮のあまりあらぬことを口走るピンキーを連れて、食堂で夕食を食べる。トラックの運転手などの利用が多いのだろう、ライスの量 が多く、若者にも嬉しいことである。<br />
　疲れていたのだろう、食事が終わると9時前にぱたりと寝てしまった。最後の夜と買い込んだ酒も、結局飲まずにである。</p>
<hr />
<p>今日の行程<br />
バス 下関駅前 10:30 赤間神宮 約10分<br />
連絡船 唐戸 13:20 門司 約10分<br />
普通列車 門司港 14:53 小倉 約10分<br />
モノレール 小倉 15:40 企救丘 15:58<br />
モノレール 企救丘 16:05 小倉 16:23<br />
普通列車 小倉 17:23 門司 約5分<br />
乗り合いタクシー 門司駅 18:00 新門司港 約15分<br />
フェリー 新門司港 19:10 （徳島） (09:00)</p>
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		<title>1998/02/27 漫遊三日目（広島-宮島-宮島-岩国-下関）</title>
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		<pubDate>Fri, 01 Jan 1999 07:59:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>

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		<description><![CDATA[　9時頃ホテルを出る。コンビニで朝ご飯がわりにパンとコーヒーを買い、平和記念公園まで歩く。川を挟んだ向こうなのでそれほどの距離ではない。小春日和の日光が、心地よい。
　広島は原爆で全てが消滅したせいもあり、都市計画がきっ <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/12/31/49/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　9時頃ホテルを出る。コンビニで朝ご飯がわりにパンとコーヒーを買い、平和記念公園まで歩く。川を挟んだ向こうなのでそれほどの距離ではない。小春日和の日光が、心地よい。<br />
　広島は原爆で全てが消滅したせいもあり、都市計画がきっちりしている、日本では珍しい都市の一つである。目抜き通 りも立派だし、路面電車もしっかり生き残っている。公園も緑も多く、都会の雑踏を感じさせない。<br />
　平和記念公園は、そんな広島の中心に位置している。有名な原爆ドームも、このそばにある。爆心地のすぐそばであり、あの八月六日、このあたりは一瞬にして灰燼と化した。私とピンキーは、のどかな光に包まれた50年後、その地でうまいのまずいのと言いあいながら、パンをぱくついている。</p>
<p>　平和記念資料館を見学する。これについて、ああだこうだと書き連ねるのは止めにしたい。私もピンキーも、ここは２度目の訪問になるのだが、受ける衝撃は何ら衰えることがない。私たちは口もきかず、館内を経巡り歩いた。<br />
　絶対に、訪れるべき場所である。そうこれを読む皆さんにも伝えたい。</p>
<p><img alt="03shiryou.gif" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1998setouchi/03shiryou.gif" width="484" height="170" border="0" /></p>
<p><img alt="04shiryou2.gif" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1998setouchi/04shiryou2.gif" width="466" height="455" border="0" /></p>
<p>　原爆ドームを横目に見ながら、「お好み村」に向かう。ここには10軒程度のお好み焼き屋が入っていて、好きな店でお好み焼きを食べられる。見ていると、地元の人は行きつけの店が決まっているようだ。<br />
　私たちはそのうちの一軒で広島焼き＝焼きそばの入ったお好み焼きを食べる。お多福ソースという甘めのソースが関西とは違う。腹一杯になって、店を出る。駅まで路面 電車に乗り、そこから宮島を訪れることにする。<br />
　広島には「ぷよぷよ」という大人気ゲームの開発元があり、駅前では「ぷよまん」という饅頭まで売っている。めざといピンキーが、いつの間にかちゃっかりその袋を手にしている。パンツの替えも人に用意してもらう子のくせに、なぜかこういうときだけはしっかりするのである。電車の中でも彼女はひとしきりはしゃぎ、その様子を見るに見かね心配してくれたおばさんに宮島への行き方を教えてもらうという特典までつく。</p>
<p>　船で宮島へ渡る。思ったより大きな島である。桟橋には鹿が戯れている。土産物屋が並ぶ通 りを、もみじまんじゅうの看板にふらふら吸い寄せられるピンキーを引っ張りながら、厳島神社へ歩く。<br />
　残念ながら鳥居には潮が満ちていて、歩いて鳥居のたもとに行くことはできなかった。が、能舞台まである広い神社をゆっくりとまわり、その美しさにしばし佇む。<br />
　「鹿のエサ」を、ピンキーが手にしている。そばの土産物屋で買ったらしい。コートを舐められたり鞄を食われたりしながら、手ずから鹿にエサをやっている。大したものである。そして、ここでも私の目を盗んで、しっかりもみじまんじゅうも買っている。お好み焼きは残したくせに、甘いものだけはどれだけでも入るようである。</p>
<p><img alt="05miyajima.gif" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1998setouchi/05miyajima.gif" width="422" height="150" border="0" /></p>
<p>　宮島から岩国まで、電車でおよそ20分。窓外には工場や、米軍基地に離着陸する飛行機が見える。<br />
　基地の街らしく、駅前には外国人の姿が多い。先ほどの平和資料館を見たせいで、思わず「Fuckin！」と呟きたくなる。<br />
　バスで錦帯橋に向かう。岩国城下に架けられた美しいアーチ橋である。ちらほらと観光客が見える程度の閑散としたところで、清流に架かる橋が美しい。通行料を払い、橋を渡って城下町に行く。<br />
　ここ岩国は毛利氏の支藩である吉川氏の城下町である。吉川氏はあの「三本の矢の教え」で有名な吉川元春の子孫にあたる。石人形や瓦煎餅など、素朴な土産物が多い、いい街である。</p>
<p><img alt="06iwakuni.gif" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1998setouchi/06iwakuni.gif" width="443" height="187" border="0" /></p>
<p>　町で有名なのは「白蛇」なのらしく、「白蛇館」という建物まである。ピンキーが見たいというので、そこに行く。「白蛇はね、お金が貯まる福の神様なんですよ」と講釈をたれ、観光客から百円玉 をせびり取るおばさんの顔を見るうちに、中に入る気が失せる。ピンキーはちゃんと中に入り、白蛇とも対面 して満足げなご様子である。</p>
<p>　岩国駅まで戻り、再び山陽本線に乗り継ぐ。今晩の目的地、下関までは3時間半の長旅である。<br />
　途中で日も暮れ、何も見えない車中にだんだんうんざりしてくる。はやく電車を降りたくなってくる。2時間経った小郡で、普通 列車を乗り通すことを断念し、新幹線に乗り換える。たった4両編成の「こだま号」である。<br />
　新下関で下車し、在来線で下関に着く。駅前をふらふらしてみるが、居酒屋以外に何も見あたらない。一番ましそうなのは駅にあったビアホールだったので、そこでビールを飲みながら夕食にする。鯨がメニューにあるなど、下関らしさは多少感じられる。店員の接客が恐ろしくよい店だった。</p>
<p>　さて、今晩は野宿の予定である。山陰線に乗り、手近なところで眠ることにしようと思う。が、ピンキーはホテルに泊まりたいとのたまう。松山の野宿と、昨晩の快適さのギャップがあまりにも激しかったからだろう。女の子に野宿をつきあわせるほうが普通 はどうかしているので、素直に駅近辺のビジネスホテルに泊まる。建物は古いが、部屋は清潔だった。「お二人だからダブルのほうがええですわなぁ」とほざくフロントのヒヒじじいさえいなければ、まずまずの宿である。</p>
<hr />
<p>今日の行程<br />
路面電車 八丁堀  広島駅前 約10分<br />
普通列車 広島 12:56 宮島口 約10分<br />
松大観光船 宮島口 13:30 宮島 約5分<br />
松大観光船 宮島 15:00 宮島口 約5分<br />
普通列車 宮島口 15:22 岩国 15:42<br />
バス 岩国駅前 　 錦帯橋 約15分<br />
バス 錦帯橋 　 岩国駅前 約15分<br />
普通列車 岩国 17:48 小郡 19:42<br />
新幹線　こだま 小郡 19:49 新下関 20:08<br />
普通列車 新下関 20:21 下関 20:30</p>
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		<title>1998/02/26 漫遊二日目（松山-広島）</title>
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		<pubDate>Fri, 01 Jan 1999 07:59:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>
		<category><![CDATA[四国]]></category>
		<category><![CDATA[温泉]]></category>

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		<description><![CDATA[　松山に着いたのは真夜中である。特急列車から降り立った乗客は、三々五々と家路についていく。何もあてがないのは我々二人だけである。
　・・・松山駅には夜も開放されている待合室がない。しかし、ホテルを探す金もない。しかたがな <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/12/31/48/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　松山に着いたのは真夜中である。特急列車から降り立った乗客は、三々五々と家路についていく。何もあてがないのは我々二人だけである。<br />
　・・・松山駅には夜も開放されている待合室がない。しかし、ホテルを探す金もない。しかたがないので風を避けられそうな通路の隅っこを見つけ、そこでシュラフを出して夜を明かすことにする。暴走族の爆音が時折騒がしい。いささか物騒ではあるが、そばに交番があるので、何とかなるだろう。<br />
　同じ境遇におかれた酔っぱらいのおっさんも、そばでごろ寝している。さすがに寒そうではあるが、シュラフにくるまっていればそうでもことなく、疲れも手伝って眠りにつく。</p>
<p>　朝5時には目が覚める。少し人通りができていて、みんな奇異な視線をちらりと投げかけていく。普段と違った視線から、街を眺めるのもよいものである。・・・やせ我慢はさておいて、シュラフを片づけ町の中心部に出ることにする。松山の中心はここから少し離れた伊予電鉄の松山市駅である。松山駅前にはまだ開いている喫茶店もないので、歩いてそこに向かう。<br />
　松山市駅前では、なぜかかまぼこ屋さんだけ、すでに明かりがついている。海の町らしくて、風情がある。エビ天とイカ天を食べる。素朴で、やはり作りたてだからであろう、いい味である。<br />
　唐突にピンキーが「追試がある！」と叫びだした。留守番電話にそんなメッセージが入っていたからである。顔面蒼白になった彼女はパニックになって、食べかけのゴボ天をあろうことかゴミ箱に捨て、タクシーに飛び乗ってしまう。結局松山駅まで逆戻りし、試験を受けないことに決めてモーニングコーヒーにする。駅前の「時計台」という喫茶店で、おいしいコーヒーだった。朝からこんなコーヒーにあたるとは、一日のはじまりも気分が良いというものである。</p>
<p>　路面 電車で道後温泉に行く。駅から温泉まではアーケードの繁華街になっていて、おみやげ物屋が軒を連ねる、変哲のない街並みである。道後温泉の本館まで歩くこと数分。この本館は明治27年に建てられた重要文化財で、道後の町にあって唯一その伝統を感じさせてくれる。改築がトタン屋根なのも、ご愛敬である。<br />
　夏目漱石の「坊ちゃん」にも、この道後温泉が登場する。小説に選れば、坊ちゃんはここ道後温泉本館の一番高級な湯につかったのである。本館は３ランクに分けられていて、それぞれ待合室、お茶や浴衣の有る無しで差がつけられている。1240円なりを払い、当然その一番高級な「霊の湯」に入る。３階にあがり、個室に通 され、浴衣が運ばれる。浮世離れした蕩尽の香りがして、小原庄助さんも真っ青な朝風呂である。</p>
<p><img alt="01dogo.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1998setouchi/01dogo.jpg" width="279" height="474" border="0" /></p>
<p>　さっぱりとした湯につかり、浴衣姿で天目茶碗のお茶を飲む。ピンキーは、「坊ちゃん」文中にあるとおり、ちゃんと湯船で泳いできたそうである。ちなみに、彼女は「坊ちゃん」を読んだことがないのであるが、お調子者の行動は時を越えて普遍、ということであろうか。「坊ちゃん団子」もついている。おやつの用意だけがいいピンキーは、温泉の前にあった土産物屋で「たると」なる四国銘菓も購入し、一緒に頬ばっている。昨夜の野宿がうそのような、極楽気分である。</p>
<p>　道後温泉から再び路面電車で松山市内に舞い戻り、「銀天街」という市内一の繁華街、であろう、を歩く。地方の中心都市だけあって、百貨店やブティックの揃いは50万人都市規模である。「銀天街」という名はおそらく「銀座天国」などから命名されたと思われるが、アーケードの様子などはどう見たところで大阪心斎橋である。ただ、人通 りが少ないので、ゆったりとした街に感じる。古本屋が多く、くだけた風であるのもまたよい。ちなみに、「銀天街」の愛称は中四国各地で見かけたので、この地方の習俗、と呼んでも差し支えないだろう。都会への憧れ、というやつである。</p>
<p>　松山市駅から伊予電鉄に乗り、三津浜港へ向かう。昼過ぎの地方私鉄にしては、まずまずの混み具合。20分ほどで三津駅に着き、人に道を訊ねながら潮のにおいがする商店街を港まで歩く。商店街はこれ以上さびれようもないといった様子で、人通 りもまばらである。新しい建物もなく、まるで昭和40年代を思わせる。<br />
　13時20分発の広島行きフェリーに乗船。ローカルフェリーのくせに、女性クルーは美人である。意外な気がする。ピンキーは窓側に座ると、どこでいつの間に買い込んだのか、ごそごそとお菓子を取り出し、もそもそと食べはじめている。<br />
　フェリーの窓からは「ターナー島」が見える。これも「坊ちゃん」登場の小島で、登場人物が「ターナーの絵に似ている」と言ったことからその名で親しまれている。松がぽつんと生える、本当に小さな島で、ターナーというよりは南画のおもむきが強い。明治文化人の常として、漱石も西洋かぶれだったのだろう。</p>
<p><img alt="02tana.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1998setouchi/02tana.jpg" width="230" height="229" border="0" /></p>
<p>　途中船は呉に寄港し、ちょうど3時間で広島の宇品港に着く。港からは、ここでも走っている路面 電車で市内へ。やたら古い路面電車ではあるが、その飛ばしっぷりは大したものだ。</p>
<p>　広島駅前まで、およそ30分の道のりであった。広島というと「ヤクザ」「菅原文太」「ガラが悪い」という連想方程式が脳裏をよぎるので、今晩はホテルに泊まることにする。安ホテルを探そうと、ハローダイヤル、ホテルガイド、タウンページをしらみ潰しに探し、電話をかけていく。結局ピンキーが探し当てた「セジュールフジタ」が最も安かったので、そこに向かうことにする。繁華街の西、川を渡った舟入町。「やっぱりピンコは有能だね」と、見つけた本人はいたくご満悦の様子である。<br />
　さてその「セジュールフジタ」であるが、ワンルームマンションをホテルに改造したつくりになっていて、普通 のホテルよりもくつろげるし、台所などもついている。。中はきれいで清掃も行き届いていた。これで値段は7350円。二人分の料金である。破格というべきだろう。</p>
<p>　荷を置いて、繁華街で夕食にする。「酔心」という、広島銘酒の蔵元が直営する大衆割烹が目的の店である。そこでカキフライ、カキのたたき、オコゼの唐揚げなどを注文し、ビールと熱燗で一杯。よい気分である。さすがにカキは新鮮で、生臭さが全くない。<br />
　いい気分に酔ったので、帰りは路面電車に乗るのも面倒くさくなり、タクシーで宿に帰る。</p>
<p>　ぐっすり寝こけて目が覚めてみると、夜中の2時だった。少し胃に入れたい、という飲んだ後特有の感覚に襲われたので、コンビニエンスストアーまで買い物に行く。途中、民家の玄関に、</p>
<p>　「被爆国の首相は懺悔し、八月六日、九日を国民の休日にせよ」</p>
<p>　という張り紙を見つける。悄然とした気持ちになり、明日は平和記念資料館を訪れようと思った。</p>
<hr />
<p>今日の行程</p>
<p>路面電車 松山駅前  道後温泉 約20分<br />
路面電車 道後温泉  大街道 約10分<br />
伊予電鉄 松山市 12:15 三津 約20分<br />
フェリー 三津浜港 13:20 広島港 16:20<br />
路面電車 宇品  広島駅前 約30分<br />
路面電車 広島駅前  舟入町 約20分<br />
路面電車 舟入町  立町 約10分<br />
タクシー 立町  舟入町 約5分</p>
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		<title>1993/11/21　何もしない日</title>
		<link>http://masahiro.morishima.jp/1998/01/30/29/</link>
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		<pubDate>Sat, 31 Jan 1998 07:59:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>

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		<description><![CDATA[（太字：当時の日記より）
（細字：注釈）
　豊岡から延々４時間半、米子まで引き返す。列車の中で、「何もしたくないこと」に気がつく。やっと旅も放浪らしさを帯びてきたようである。 
07:40
　鳥取から大挙して、部活の遠征 <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/01/30/29/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（太字：当時の日記より）<br />
（細字：注釈）</p>
<p>　豊岡から延々４時間半、米子まで引き返す。列車の中で、「何もしたくないこと」に気がつく。やっと旅も放浪らしさを帯びてきたようである。 </p>
<p><b>07:40<br />
　鳥取から大挙して、部活の遠征らしき赤ジャージの女子高生が乗り込んでくる。席取りに走り回ったり、友人を呼んだりと蜂の巣をつついたような騒ぎ。ずっと騒ぎ続けている。180度の範囲がやかましい。おまけに、女の肌の脂の匂いが鼻をつく。これは「匂い」ではなく「臭い」だ。</b></p>
<p>　しかし、この直後に恋人の髪の匂いを思い出しておセンチになるなど、なかなか可愛らしいところもある当時の私であった。<br />
　列車を乗り継いで安来（宍道湖湖岸）まで行くのだが、本降りになった雨にはばまれ、松江に行く。<br />
　松江では本屋で立ち読みをする。せっかく放浪らしくなってきたのに、これでは全てが台無しである。<br />
　その後用もなく列車に乗り、車中で昼寝。ヒマになるとロクなこともせず、結局その夜は松江駅前のビジネスホテルに泊まったのであった。この日は駅前のジャスコで小ぶりのベニズワイガニを買い、それで晩餐。<br />
　どうもぱっとしない一日であった。ノートにもろくな記述がない。煙草も吸わず酒も飲まなかった歳なのでしかたがないのだが、無頼くらいは気取ってほしいところである。</p>
<hr />今日の使用金額　5896円</p>
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		<item>
		<title>1993/11/20　セリ市、刺身、幻想</title>
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		<pubDate>Sat, 31 Jan 1998 07:59:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>

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		<description><![CDATA[（太字：当時の日記より）
（細字：注釈）
09:03
　今朝起きたら4時14分だった。アラームが14分鳴ってようやく気付いたらしい。そのまま仙崎港（註：長門市郊外の漁港）へと歩く。
　次々と入ってくる船から魚があがってく <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/01/30/30/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（太字：当時の日記より）<br />
（細字：注釈）</p>
<p><b>09:03<br />
　今朝起きたら4時14分だった。アラームが14分鳴ってようやく気付いたらしい。そのまま仙崎港（註：長門市郊外の漁港）へと歩く。<br />
　次々と入ってくる船から魚があがってくる。６時からセリが始まった。２人のセリ人が手分けしてあちこちの魚の山をさばいていく。ダミ声しかも早口なので、何を言っているのか聞き取りにくい。周りに集まった人たちは皆帽子をかぶり、魚に次々と声がかかるやいなや、指を出したり帽子の縁を触ったり、いろいろな符丁で値段を決めていく。一箱の値段が決まると、その人は同じような内容の他の箱もその値でセリ落とせるらしい。２個も３個も、いっぺんに買われていく。早めにセらないと手に入らないようだ。<br />
　最初の値はセリ人が決め、そこからセリが始まる。すごくはやい。あっという間。10秒も一箱にかからない。買われたものには屋号を書いた札を置いていく。横では後の代金支払いに使うのであろう、値とセリ落とした人の名前を次々にメモしていく人がいる。セリ落とされた魚は柄の長い鎌で引っかけ、手押し車にのせられる。この鎌は魚を移動させたり箱を移動させたり、みんなが持っていて、まるで手足のように使う。たいしたものである。<br />
　買う人がつかないものもある。そういうのは値が下げられたり、「これは○○が２匹もはいっとるよ」などとセリ人がPRしたりする。そうやって何とか買い手がついていくので、僕が見た限り全ての箱が売れている。<br />
　魚の鮮度は手で身を押して確かめるらしい。自分のセッた魚をそうやってつつきながら、「今日はダメやったわ」と、セリの失敗や魚の質についてしゃべっている人もいる。<br />
　まさに真剣勝負の場であった。じゃんけんのように、一斉に指を出して値を決めているのもある。どういう場合にそのようなセリ方をするのかは分からない。<br />
　揚がっていたのは真鯛、甘鯛、ヒラメ、カレイ、ブリ、ハマチ、シイラ、黒鯛、石鯛、ハタ、タコ、数種類のイカ、アジ、太刀魚、カマス、サメ、カワハギ、ウマヅラハギ、いとより、渡りガニ、なまこ、カキ、サザエ、アナゴ、シャコ、車エビ、名前を知っているのでそれくらい。</b></p>
<p>　山陰といえば海、海といえば魚という、比較的単純な連想で魚市場をのぞきに行ったのである。17歳の少年としてはやはりここで「勤労の尊さ」などに目覚めるものなのであろうが、最後の「魚の名前列挙」にみられるとおり、唐突に食欲に目覚めてしまったのであった。目をうつろにして「美味しそう」の一念でうろちょろしていたため、市場の人たちにはさぞ迷惑をかけたことであろう。<br />
　結局この後、萩に出て刺身定食を食べることになる。 </p>
<p><b>14:10<br />
　（萩の料理屋「なかむら」にて）刺身はワカメ、ハマチ、鯛、イカで、どれもこれもうまい。ハマチは脂がのっていても、養殖のくどさとは全然別 物。ワカメは生らしく、本当に歯触りがいい。</b></p>
<p>　と、17歳の少年は、ゴタクを並べながら刺身を食べるのであった。おまけにレンタサイクルを借りて萩市内の名所旧跡までまわってしまうのであった。1500円の刺身定食を食べているくせに、数百円を惜しんで松下村塾を訪れていない。有為あふれる年頃としては、刺身はさておいても松下村塾は見ておくべきであったろう。 </p>
<p><b>16:00<br />
　（列車待ちの益田駅にて）益田は雪舟と柿本人麻呂ゆかりの地。雪舟巻き、雪舟饅頭などの菓子が並ぶ。駅のホームには、狂言か猿楽のお面 のような、たれ目がくわっと見開いている不気味かつ滑稽な人麻呂像がある。３個100円のまんじゅうとユズジュースはなかなかである。</b></p>
<p>　こういうところの旧蹟こそ訪れてみるべきなのだろうが、駅の売店で買った名産品をおやつに休憩するうち、そのような心持ちは吹き飛んでしまったようである。元々そんな気持ちがなかったのであれば、我ながら少し悲しいことである。 </p>
<p><b>19:15<br />
　毎日10時間は列車に乗っているので、十分な思索の時間がある。しかし、ともすれば夢想幻想に走ってしまう。現実味のないことをしている。</b></p>
<p>　この時、私は何を考えていたのだろうか。その記述がほとんどないので、今となっては記憶の中に埋もれてしまっている。残っているのは、残念なことに煩悩の固まりのような記述である。<br />
　このあと、ひたすら列車を乗り継いで鳥取県の浜村まで。温泉に入るつもりだったが、あまりにも時間が遅すぎて断念。倉吉から例の如く、上り「だいせん」に乗り込み、香住で降りるつもりがぐっすり寝過ごして豊岡まで行ってしまう。いつものパターンである。</p>
<hr />今日の使用金額　3660円</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>1993/11/23　家路もとい煩悩へ帰還</title>
		<link>http://masahiro.morishima.jp/1998/01/30/31/</link>
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		<pubDate>Sat, 31 Jan 1998 07:59:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>

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		<description><![CDATA[（太字：当時の日記より）
（細字：注釈）
03:15
　豊岡に着く。ここから向こうは行きに通っただけ、つまりここを過ぎればもう旅は純然たる帰り道。
　センチでない旅ではなかった。けれども、センチメンタル・ジャーニーなどと <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/01/30/31/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（太字：当時の日記より）<br />
（細字：注釈）</p>
<p><b>03:15<br />
　豊岡に着く。ここから向こうは行きに通っただけ、つまりここを過ぎればもう旅は純然たる帰り道。<br />
　センチでない旅ではなかった。けれども、センチメンタル・ジャーニーなどという甘い言葉よりも、強い何かが支配していた旅だった。</b></p>
<p>　今の私には断言できる。それはまさしく煩悩が支配した旅であった。 </p>
<p><b>07:00<br />
　雲は高く、空はよく晴れている。よしよし。篠山口あたりから人が乗ってきたが、狸寝入りでとおした。</b></p>
<p>　大阪への通勤圏に入ってから、通勤客が乗り込み、車内は立ち席が出始めたのである。にもかかわらず、２座席を占領して寝続けたのである。折居での思索は何だったのだろうと、当の本人でさえ我が目を疑うような記述である。<br />
　旅に関する記述はこのあたりで終わる。大阪からも急行を乗り継ぎ、岐阜には午前中に帰る。</p>
<p><img alt="genbudo.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1993sannin/ticket.gif" width="357" height="172" border="0" /></p>
<p>　そして恥を忍び告白すると、正確には岐阜ではなく、名古屋の街に出たのである。そこで当時の恋人と待ち合わせ、ラブホテルに行っちゃったりするのである。・・・良くも悪くも非常に素直な行動の少年ではあるが、せめてこの旅の終わりくらい、煩悩にまみれずにすむ方法はなかったのであろうか、と、キーボードをたたきながら私はため息をつくのであった。<br />
　余談ではあるが、この少年は後に成人を記念して南禅寺の山門で座禅をし、「煩悩の世界、それもまた愉しからずや」という悟りをひらくに至る。三つ子の魂百までとはよく言ったものである。</p>
<div align="center">
<img alt="genbudo.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1993sannin/hotel.gif" width="246" height="285" border="0" /></p>
<p>所詮煩悩のカタマリ。
</p></div>
<hr />今日の使用金額　6159円</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>1993/11/22　海を見るだけの日</title>
		<link>http://masahiro.morishima.jp/1998/01/30/32/</link>
		<comments>http://masahiro.morishima.jp/1998/01/30/32/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 31 Jan 1998 07:59:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>

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		<description><![CDATA[（太字：当時の日記より）
（細字：注釈）
　松江のビジネスホテルで目を覚ますと6時50分だった。私が好きな紀行作家、というか鉄道作家に宮脇俊三氏という人がいるのだが、氏の紀行文中に「波の音だけが聞こえてくるような」という <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/01/30/32/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（太字：当時の日記より）<br />
（細字：注釈）</p>
<p>　松江のビジネスホテルで目を覚ますと6時50分だった。私が好きな紀行作家、というか鉄道作家に宮脇俊三氏という人がいるのだが、氏の紀行文中に「波の音だけが聞こえてくるような」という形容句で説明される海辺の小駅がある。島根県の折居駅である。この日、ゆっくりと海を見よう、とそれだけを思い、私は松江から旅立ったのであった。事実上、最後の一日となる。 </p>
<p><b>11:15<br />
　（前略）雲の色は濁りきった青色。分厚く、重そうだ。白と灰と黒以外にも雲の色があることに、初めて気がついた。<br />
　日本海は今まで通りに荒れている。今日は冷え込んでいる。</b></p>
<p>　宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」の主人公のようなことを言っている。あの主人公は工場の煙の色を多種多様に表現したのだけれども、この時の私は多分にそれを意識していたに違いない。やれやれ。<br />
　それはそれとして、青春の澱のようなものを風景に投影した描写 である。できれば初日あたりにこのような描写 があると望ましいのではあるが、繰り返すようだが今日が最終日である。思春期の情動というよりは旅疲れのせいなのであろう。やれやれ。 </p>
<p>　折居の駅に、列車を乗り換えながら２時間ほどで着く。このたびの途中、何度か通 り過ぎた場所ではあるが、改めて駅に降り立つと、波音が耳に飛び込んでくる。目の前は、冬の日本海である。以下は、海辺での記述である。 </p>
<p><b>12:08<br />
　（前略）空が明るくなってきました。雲の縁べりを、漏れる太陽の陽が照らしています。</b></p>
<p>　なぜ唐突に「ですます調」なのであろうか？ここまでこのえせ放浪紀行を読み続けてこられた読者諸兄は疑問に思われることであろう。<br />
　実は、海辺で思索にふける間に、「人には丁寧、本は熟読」という中原中也の詩の一節に目覚めてしまったのだ。目覚めて何が変わるかというと、まずは旅日記の文体であった。・・・自己満足である。誰にも見せない旅日記より、変えるものはたくさんあるような気がするのは、数年経った私の感慨である。 </p>
<p><b>13:58<br />
　折居の海は予想より素晴らしい。広くのびる砂浜と、その両端にある磯。（中略）波に打ち上げられる数々のゴミ。ポリ容器、空き缶 、空き瓶、ビニール。これらを見ていると、浜に打ち上げられるが普通 の、海藻までがゴミに見えてくる。実際黒茶けて、きれいなものではない。<br />
　高波でできたらしき潮だまりには、小さなフグが２、３匹。逃げられるのだろうか。そばの潮だまりにはフグの死骸がいくつもある。未来予想図。<br />
　波はテトラポットも磯の岩も越えて浜に押し寄せる。しかし、浜を歩く僕にはかからない。<br />
　ふと大波が来たので、少しよける。波が手加減しているのではなくて、僕が用心しいしい歩いているだけのこと。<br />
　雲の囲い地のように切れ切れと見える空は、その区画ごとに色が違っている。群青色も水色も白っぽい青もクリームがかった色も、そして絵の具のようにありふれた青も。</p>
<p>14:42<br />
　波は高くなる一方。空は水平線へ向かって遠くなるにつれ、単色の灰色に塗りつぶされていく。<br />
　雲は横に退き、囲い地だった様々な青色も一つの平面につらなり、高いところから水平線に近づくにつれて青が濃から淡に変わっていくグラデーションを見せる。<br />
　陽は雲の上から顔を出し、水面にきらきらと乱反射の点をつくる。海と空とのあまりのミスマッチの中に、枯れ木の生えた小さな島がどっかと腰をおろしている。<br />
　灰色の雲を背後に控えている山々は、その雲のおかげで浮き上がって見え、ちゃちなものに、そして近く手に取るように見える。<br />
　安全にたどり着けそうな潮だまりに行き、ふぐを海中に放してやる。死骸も海に放してやる。なぜかマイ・コメジアン（註：太宰治の小説中の言葉）が頭に浮かぶ。彼らもマイ・コメジアン。そんな気がする。<br />
　陽はまた翳り、もとの冬の海に戻る。風も強くなってきた。海と陸の境界線は、霧でぼんやりかすみ、遠い世界になっている。<br />
　もしやと思って波に駆け寄ると、それはさっき海に戻してやった死んだフグ。（後略）</p>
<p>15:40<br />
　僕しかいないこの浜辺は波が全ての支配者。僕は従順な傍観者にすぎない。（中略）いつの間にか白い波にかすかなオレンジ色が入り、雲も岩も同じような、かすかなオレンジに染まって、海辺はもう夕方だ。<br />
　雲の横から漏れた光が、山の頂上を半円状に切り取っている。そこだけ別 物のようにオレンジがかった明るさ。そこだけが秋の色をしていて、<br />
　あとは冬に近づいている。<br />
　空はまだ青く、昼の面影を残そうと必死だ。<br />
　ぱあっと陽がさして、山はきれいに秋色になった。</p>
<p>16:19<br />
　もうこの浜辺を去らねばならない。オレンジ色の西の空が、水平線の上まであった水色の空を高くまで押し上げ、押しのけしている。<br />
　引き潮らしい。小島のまわりの小さな磯たちが、危険が去って母に群れる小動物のように現れる。<br />
　旅も終わる。（中略）<br />
　僕は海を去った。</b></p>
<p>　やたら中略が多いことから察せられるように、ノートに書き込んであった量 はこんなものではない。全部読み返してみると、「本当に辛かったんだねぇ」とよよと泣き崩れてしまうような内容であった。いやはや、純情だったのであろう。このままフロイトの精神分析にかけることができそうな記述ではある。<br />
　このあと出雲市に戻り、海辺での思索も忘れて再び御膳蕎麦を食べに行く。が、休業。当然の報いといわねばなるまい。駅前のラーメン屋台でラーメンをすするが、大層うまかったようである。<br />
　そして上り「だいせん」に乗車。最後の「だいせん」である。</p>
<hr />今日の使用金額　1247円</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>1993/11/18　牛乳と蕎麦</title>
		<link>http://masahiro.morishima.jp/1998/01/28/27/</link>
		<comments>http://masahiro.morishima.jp/1998/01/28/27/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 29 Jan 1998 07:59:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>

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		<description><![CDATA[（太字：当時の日記より）
（細字：注釈）
　前日米子から乗った上り「だいせん」から、香住駅で下り「だいせん」に乗り換え、松江まで折り返す。 
08:35
　（松江駅で）コンビニで買ったおにぎり、パン、牛乳で朝食。白バラ牛 <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/01/28/27/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（太字：当時の日記より）<br />
（細字：注釈）</p>
<p>　前日米子から乗った上り「だいせん」から、香住駅で下り「だいせん」に乗り換え、松江まで折り返す。 </p>
<p><b>08:35<br />
　（松江駅で）コンビニで買ったおにぎり、パン、牛乳で朝食。白バラ牛乳は置いてなく、「木次パスチャライズ牛乳」を買う。低温殺菌なので20円ばかり高い。</b></p>
<p>　山陰に来て思ったのだが、この地は非常に牛乳が旨い。中国山地にある牧場の、良質な牛乳のせいなのだろう。毎日牛乳を飲むのが日課という、それはそれで健康的な生活の中で、いつも飲んでいた「白バラ牛乳」がここにはなかったのである。 </p>
<p><b>　今日は列車に乗るだけで一日がかりである。ヒマである。<br />
　空は明るみ、流れは目的を持った人ばかり。　自分はぽつねんとベンチに腰かけている。いったい何者？何者でもいいが、目的のない行為をするというのはやはり求道ではないか。</b></p>
<p>　それなりに当時は本気で書いた文章なのだろうが、わざわざ無目的の行為を、予定を立ててまで実行し、「求道」というのはただの自己弁護であろう。若かったんだなぁ。<br />
　この後、宍道湖を眺めながら宍道まで移動。木次線というローカル線に乗り、再び中国山地へ舞い戻る。 </p>
<p><b>10:05<br />
　空はきれいに晴れた。もっとこの調子であってほしい。宍道湖では小舟が水面 に竹竿をつきさしていた。しじみ採りだろうか。（中略）<br />
　眠い。列車に乗ればすぐ眠くなる。疲れだろうか。</p>
<p>10:42<br />
　（宍道からの列車の車内で）整理券を出す機械。アカンベをした子供がふんと横を向くよう。どの路線も一緒に感じる。ディーゼルカーが新しいことだけが違いだ。段々のたんぼが見える。が、「耕して天に至る」というのにはお目にかからない。</b></p>
<p>　途中の亀嵩という駅で途中下車。駅で蕎麦を食わせるという有名な駅である。 </p>
<p><b>12:33<br />
　亀嵩の蕎麦は旨かった。蕎麦の旨さは説明しようがない。信州や飛騨よりも旨い。当地は蕎麦と牛乳が一等である。</b></p>
<p>　この時の経験から「蕎麦は出雲」という、今に至るまでの出雲蕎麦信仰がつくられる。しかし、ただ単に腹が減っていただけなのでは？という疑念も湧かぬ ではないが、青春を冒涜しそうなので、やめておこう。 </p>
<p><b>13:43<br />
　出雲坂根という山間の小駅で、延命水という齢数百年の狸が飲んでいたという湧き水を飲んでみる。格別 旨いとは思わない。</p>
<p>14:30<br />
　一面びっしりと杉ばかり生えた山々。植林のせいだろうか。美しかった。点在する松は大きく、庭園などに植えてあるものよりはるかに素晴らしい。これが松かと見紛うばがりの巨大さである。<br />
　屋根にしゃちほこをのせた家が多い。鳥取から出雲まで、どこでもそうである。</b></p>
<p>　この後も木次線に乗り、中国山地の真ん中に至る。一昨日通過したあたりである。新見という町から米子へ向かう途中で日が暮れ、さらに海沿いに鳥取まで行く。この日の夕食はなぜかモスバ－ガーであった。そういう年頃だったのだろう。<br />
　今夜の宿も上り「だいせん」にするつもりで鳥取駅の構内に入り、仮眠する。</p>
<hr />今日の使用金額　2461円</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>1993/11/19　山陰路一直線</title>
		<link>http://masahiro.morishima.jp/1998/01/28/28/</link>
		<comments>http://masahiro.morishima.jp/1998/01/28/28/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 29 Jan 1998 07:59:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://masahiro.morishima.jp/wp-home/1998/01/28/28/</guid>
		<description><![CDATA[（太字：当時の日記より）
（細字赤字：注釈）
04:24
　（鳥取駅にて）昨日は上り「だいせん」に乗るつもりが寝過ごしてしまった。発車の10分後くらいに駅員に起こされ、構内で寝ていても構わないが警察がいるから注意して行動 <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/01/28/28/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（太字：当時の日記より）<br />
（細字赤字：注釈）</p>
<p><b>04:24<br />
　（鳥取駅にて）昨日は上り「だいせん」に乗るつもりが寝過ごしてしまった。発車の10分後くらいに駅員に起こされ、構内で寝ていても構わないが警察がいるから注意して行動しろといわれる。再び目覚めたのは3:40くらい。シュラフは使用せず。（雰囲気的に）何となく使いづらい。この時間はやはり冷える。<br />
　下り「だいせん」に乗る。松江で降りるつもりだ</b>。</p>
<p>　その後松江で下車、城下町の風情を味わおうと市内を散策。コインロッカーに荷物を預け、全て徒歩で市内を巡る。 </p>
<p><b>10:30<br />
　松江散策は２時間で終わってしまった。しかし良いところであった。城下町の面 影が色濃く残っている。小泉八雲はじめ、多くの文人が褒め讃えたわけが分かる。<br />
　空模様はどんよりとしている。いつ降り出すか分からないくらい、空が低い。（中略）<br />
　（駅で買った）しじみのもぐり飯はうまかった。もろげえび、白魚、根昆布、錦糸卵、紅生姜、海苔。腹一杯である。</p>
<p>　宍道湖のしじみは「宍道湖七珍」と呼ばれる魚介類の一つで、その味は有名である。駅弁のふたに書いてある紹介によると、<br />
　宍道湖のしじみ<br />
　宍道湖は日本に残された数少ない汽水湖であり年間一万五千トンと驚異的な漁獲量 を誇る我が国最大のヤマトシジミの産地である。宍道湖の夕景は全国的に有名であるが嫁ヶ島を背景に湖上に浮かぶシジミ舟の姿は絵に描いたように美しく、水都松江を代表する風物詩である。<br />
　ヤマトシジミ<br />
　シジミにはヤマトシジミ・マシジミ・セタシジミ・アワジシジミ・ヒメニホンシジミ・ムラサキシジミなどがありますが、ヤマトシジミは海水の混じる汽水湖にすみ、形も大きく殻は黒光りをし、シジミの中では一番おいしいといわれています。その、おいしさの秘密はコハク酸という、うま味の成分で貝類の中では、一番多く0.4％も含まれています。また、シジミにはプロテインスコアの高い良質のタンパク質とビタミンB2・B12が大量に含まれていますので栄養保持、健康維持にはうってつけの食品といえます。<br />
　ふたを開けると、敷きつめられたシジミの中に宍道湖の夕景に見立てた紅ショウガと夕陽に映るさざ波を錦糸卵とシラウオで彩り、宍道湖の名産モロゲエビと飛魚のかまぼこ野焼きなど松江ならではの味が多彩です。<br />
　ということである。確かにおいしかった。 </p>
<p>　日本海は荒波、日に日に冬に向かって荒んでいくようだ。河口付近では川の曲がり角で波が立っている。まるで子が親の真似をしているようだ。<br />
　これから畳ヶ浦（註：島根県浜田市そばの海岸）に行ってこようと思う。</p>
<p>時刻不明<br />
　（前略）（畳ヶ浦にて）波はますます高くなり、雲は低く陰惨である。山の方で、雲間から陽が射しているが、それがますます陰惨さを際立たせている。<br />
　風は強く、小雨が思い出したように時々降る。<br />
　ただ波の音だけ。海霧が向こうの磯をぼんやりとかすませている。</b></p>
<p>　このあとさらに西に移動し、周遊券で移動可能な西端である長門市にたどり着く。本当にさびれた町である。<br />
　駅前の公衆電話から「一番安いビジネスホテルを教えて下さい」という理不尽な電話をハローダイヤルにかけ、結局駅前の「長門ステーションホテル」に泊まる。3600円。エロ本が置いてある、商人宿くさいホテルであった。<br />
　そして後から日記を読み返しても、つっこみようのない一日であった。</p>
<hr />今日の使用金額　7388円</p>
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		<title>1993/11/17　神つ国出雲</title>
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		<pubDate>Mon, 26 Jan 1998 07:59:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>

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		<description><![CDATA[（太字：当時の日記より）
（細字：注釈）
　この日は朝靄の中、ふらふらと東城という山中の町並みを歩く。それが一日の始まりであった。山間の盆地ゆえ朝は霧が深く、狸に化かされたような幻想的な光景に出会う。通 学の高校生たちと <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/01/25/25/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（太字：当時の日記より）<br />
（細字：注釈）</p>
<p>　この日は朝靄の中、ふらふらと東城という山中の町並みを歩く。それが一日の始まりであった。山間の盆地ゆえ朝は霧が深く、狸に化かされたような幻想的な光景に出会う。通 学の高校生たちと一緒に始発の列車に乗り、広島県三次市まで中国山地を進む。その後、江川沿いに島根県の海岸部にある益田まで移動。 </p>
<p><b>09:39<br />
　滔々とと流れる江川を見ながら。石見瓦は特色があるという、とは覚えていたが、絵の具のような茶色、チョコレート色の茶色が多い。しかし真っ黒もある。石見瓦は茶色ではあるまいかとは思うが、断言できない。三次で買った新聞を一時間かけて読む。</p>
<p>11:15<br />
　（電車の走らない益田駅に関して）架線がないと駅構内は広く見える。（降車時には）みんなゆっくり降りる。駅に列車が着いてから、席を立つのだ。<br />
　日本海の荒波が車窓から見える。やはりこの海には陰鬱な曇り空が似合う。</b></p>
<p>　鈴木牧之の「北越雪譜」を思い出させる。鈴木牧之は裏日本の視点から「表日本の人間はええこっちゃですなぁ」と喝破したのだが、私は表日本の人間なので、ただただ通 り過ぎる光景に、素直に感動するだけであった。出雲市まで特急に乗り、そこから一畑電鉄で出雲大社に向かう。 </p>
<p><b>時刻不明<br />
　大社は立派だった。</b></p>
<p>　と一行書かれているだけなので、たぶん何の感慨も催さなかったのだろう。神代には何十メートルの高さの上にそびえ立つ神殿であった、という言い伝えがあるが、現在の出雲大社はごく普通 の立派な神社である。<br />
　出雲の神々の伝説には少なからず興味があったのだが、遺跡のどれもが「タクシーで○○分」と書かれていたので、金のない私は諦めざるを得なかった。おかげで、未だに「出雲」は「さえない田舎」以上のイメージがない。困ったことである。 </p>
<p><b>21:25<br />
　出雲市の羽根屋で食べた「御膳蕎麦」、献上蕎麦の看板を掲げているだけあってうまかった。（中略）<br />
　難行苦行粗食に不眠。物好きな求道者のよう。</b></p>
<p>　なぜ名代の蕎麦屋で蕎麦を食べておきながら、「粗食」と書いているのかは、今の私にも理解できない。困ったことである。列車に乗って移動しているだけなのに、難行もへったくれもないものである。</p>
<p><img alt="genbudo.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1993sannin/soba.jpg" width="131" height="273" border="0" /></p>
<p>　このあと米子まで移動し、銭湯で一風呂浴びてからまた「だいせん」に乗る。剃刀の刃を替えてひげを剃った、という記述があるので、ごていねいにも10日の放浪に剃刀の替え刃まで持参したようである。用意がよすぎるのも困りものである。</p>
<hr />今日の使用金額　3352円</p>
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