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	<title>俺なりのたわごと &#187; 四国</title>
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	<description>こうしてぼくたちは、絶えず過去へ過去へと運び去られながらも、流れに逆らう舟のように、力の限り漕ぎ進んでゆく。 - "The Great Gatsby", F. Scott Fitzgerald</description>
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		<title>1998/03/01 漫遊五日目（-徳島-鳴門-洲本-神戸）</title>
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		<pubDate>Fri, 01 Jan 1999 07:59:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[四国]]></category>

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		<description><![CDATA[　起きたらまだ6時前だった。いつの間にやら消灯されたカーペット敷きの２等船室は、まだ誰も目を覚ましていず、しんと静まりかえっている。洗面 用具を持って、風呂を浴びに移動。窓からはうっすらと白んでいく朝の太平洋が眼望できる <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/12/31/52/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　起きたらまだ6時前だった。いつの間にやら消灯されたカーペット敷きの２等船室は、まだ誰も目を覚ましていず、しんと静まりかえっている。洗面 用具を持って、風呂を浴びに移動。窓からはうっすらと白んでいく朝の太平洋が眼望できる。気分も晴れる朝風呂である。残念なのは、雲のために、水平線をそめる日の出がおがめなかったことであろうか。</p>
<p>　ぼんやりと外を見ているうちに、徳島港到着のアナウンスが流れる。16時間の船旅は、あっという間だった。</p>
<p>　フェリーターミナルを出ると、出発しかけのバスがある。慌てて乗り込み、ひとまず徳島駅を目指す。ピンキーに訊くと、「鳴門の渦潮が見たい」ということなので、徳島駅からはさらにバスを乗り継いで鳴門へ向かう。「朝ご飯はお菓子がいい」と言い出すピンキーと、駅前で買った徳島銘菓をバスの中で食べる。徳島名産で、お菓子になるものといえば鳴門金時とスダチらしく、スイートポテトやすだち饅頭である。やたら甘いのでのどがかわく。一緒に買ったすだちジュースを飲むが、さっぱりとしたよい味だった。<br />
　吉野川、ワカメの灰干しの作業などを窓から眺めながら、バスはちょうど1時間で鳴門公園に着く。</p>
<p>　風が強い。肌寒いくらいだ。終点のバス停でうろうろしていると、土産物屋のおばさんが出てきて「あんたら渦潮見物の船に乗るんか？」と話しかけてくる。<br />
　「迎えの車がここに来て、港まで行って、そこで船に乗れるんや。帰りはどこへ行くんや？洲本か、それやったらバスに間に合うように、また送ってもらえるわ」<br />
　ということなので、素直にすすめに従うことにする。迎えに来るまでまだ2時間近くもあったので、展望台に登る。鳴門海峡は一望のもとだが、残念ながら渦潮は判別 できない。白波のたっている辺りが、あれかな、と思わせるくらいである。<br />
　ちょうど12時前なので、レストランに行く。メニューにはカレーやエビフライが並んでいるだけで、鳴門らしい食べ物がほとんどない。すだちを絞ったちくわと、ワカメうどんを食べる。ワカメはさすが本場で、歯ごたえがしゃっきりしている。</p>
<p>　さて、時間になったので土産物屋に戻る。おばさんから切符を買い、迎えに来たワゴンに他の観光客と乗り込んで、港へ向かう。2、3分ほど走るともう船が並ぶ港である。<br />
　船は思いのほか揺れる。小さな観光船だし、風のせいか、波も高い。船は港を出ると鳴門大橋のたもとまですすみ、そこで渦潮を見学させる。<br />
　渦巻く波が見える！<br />
　大きいものや小さいもの、さまざまな渦ができては消えてゆく。あちらこちらに見えかくれする渦潮に、観光客全員で大はしゃぎする。わけてもピンキーは尋常でないはしゃぎっぷりである。<br />
　鳴門大橋を後にする。渦潮が見られるのは、ほんの一部の区域だけである。たぶん、複雑な条件が重なり合ったところでしか起こらないのだろう。さて、渦潮にも波に揺れる航海にもすっかり興奮したピンキーは、「ピンコはね、ずっとこういうのを待っていたんだよ」と叫ぶ。今回最大級の「フガフガ」を呼び覚ましてしまったのは、鳴門に渦巻く渦潮であった。</p>
<p><img alt="08uzushio.gif" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1998setouchi/08uzushio.gif" width="280" height="420" border="0" /></p>
<p>　洲本行きのバスで四国を後にする。淡路島の中心地である洲本からは、神戸まで高速艇が出ている。もう、それに乗って帰るだけである。<br />
　鳴門大橋を渡り、バスは淡路島をひた走る。意外と山がちな島で、山腹を縫うようにして道を行く。高台からはさっき渡った鳴門大橋、そしてその向こうに四国が、潮風にかすんで見える。</p>
<hr />
<p>今日の行程<br />
フェリー （門司） 19:10 徳島 09:00<br />
バス 徳島港 　 徳島駅前 約20分<br />
バス 徳島駅前 10:00 鳴門公園 11:03<br />
遊覧船 鳴門港 　 鳴門港 約25分<br />
バス 鳴門公園 13:50 洲本港 15:06<br />
高速艇 洲本港 15:25 神戸港 16:37</p>
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		<title>1998/02/26 漫遊二日目（松山-広島）</title>
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		<pubDate>Fri, 01 Jan 1999 07:59:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>
		<category><![CDATA[四国]]></category>
		<category><![CDATA[温泉]]></category>

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		<description><![CDATA[　松山に着いたのは真夜中である。特急列車から降り立った乗客は、三々五々と家路についていく。何もあてがないのは我々二人だけである。
　・・・松山駅には夜も開放されている待合室がない。しかし、ホテルを探す金もない。しかたがな <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/12/31/48/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　松山に着いたのは真夜中である。特急列車から降り立った乗客は、三々五々と家路についていく。何もあてがないのは我々二人だけである。<br />
　・・・松山駅には夜も開放されている待合室がない。しかし、ホテルを探す金もない。しかたがないので風を避けられそうな通路の隅っこを見つけ、そこでシュラフを出して夜を明かすことにする。暴走族の爆音が時折騒がしい。いささか物騒ではあるが、そばに交番があるので、何とかなるだろう。<br />
　同じ境遇におかれた酔っぱらいのおっさんも、そばでごろ寝している。さすがに寒そうではあるが、シュラフにくるまっていればそうでもことなく、疲れも手伝って眠りにつく。</p>
<p>　朝5時には目が覚める。少し人通りができていて、みんな奇異な視線をちらりと投げかけていく。普段と違った視線から、街を眺めるのもよいものである。・・・やせ我慢はさておいて、シュラフを片づけ町の中心部に出ることにする。松山の中心はここから少し離れた伊予電鉄の松山市駅である。松山駅前にはまだ開いている喫茶店もないので、歩いてそこに向かう。<br />
　松山市駅前では、なぜかかまぼこ屋さんだけ、すでに明かりがついている。海の町らしくて、風情がある。エビ天とイカ天を食べる。素朴で、やはり作りたてだからであろう、いい味である。<br />
　唐突にピンキーが「追試がある！」と叫びだした。留守番電話にそんなメッセージが入っていたからである。顔面蒼白になった彼女はパニックになって、食べかけのゴボ天をあろうことかゴミ箱に捨て、タクシーに飛び乗ってしまう。結局松山駅まで逆戻りし、試験を受けないことに決めてモーニングコーヒーにする。駅前の「時計台」という喫茶店で、おいしいコーヒーだった。朝からこんなコーヒーにあたるとは、一日のはじまりも気分が良いというものである。</p>
<p>　路面 電車で道後温泉に行く。駅から温泉まではアーケードの繁華街になっていて、おみやげ物屋が軒を連ねる、変哲のない街並みである。道後温泉の本館まで歩くこと数分。この本館は明治27年に建てられた重要文化財で、道後の町にあって唯一その伝統を感じさせてくれる。改築がトタン屋根なのも、ご愛敬である。<br />
　夏目漱石の「坊ちゃん」にも、この道後温泉が登場する。小説に選れば、坊ちゃんはここ道後温泉本館の一番高級な湯につかったのである。本館は３ランクに分けられていて、それぞれ待合室、お茶や浴衣の有る無しで差がつけられている。1240円なりを払い、当然その一番高級な「霊の湯」に入る。３階にあがり、個室に通 され、浴衣が運ばれる。浮世離れした蕩尽の香りがして、小原庄助さんも真っ青な朝風呂である。</p>
<p><img alt="01dogo.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1998setouchi/01dogo.jpg" width="279" height="474" border="0" /></p>
<p>　さっぱりとした湯につかり、浴衣姿で天目茶碗のお茶を飲む。ピンキーは、「坊ちゃん」文中にあるとおり、ちゃんと湯船で泳いできたそうである。ちなみに、彼女は「坊ちゃん」を読んだことがないのであるが、お調子者の行動は時を越えて普遍、ということであろうか。「坊ちゃん団子」もついている。おやつの用意だけがいいピンキーは、温泉の前にあった土産物屋で「たると」なる四国銘菓も購入し、一緒に頬ばっている。昨夜の野宿がうそのような、極楽気分である。</p>
<p>　道後温泉から再び路面電車で松山市内に舞い戻り、「銀天街」という市内一の繁華街、であろう、を歩く。地方の中心都市だけあって、百貨店やブティックの揃いは50万人都市規模である。「銀天街」という名はおそらく「銀座天国」などから命名されたと思われるが、アーケードの様子などはどう見たところで大阪心斎橋である。ただ、人通 りが少ないので、ゆったりとした街に感じる。古本屋が多く、くだけた風であるのもまたよい。ちなみに、「銀天街」の愛称は中四国各地で見かけたので、この地方の習俗、と呼んでも差し支えないだろう。都会への憧れ、というやつである。</p>
<p>　松山市駅から伊予電鉄に乗り、三津浜港へ向かう。昼過ぎの地方私鉄にしては、まずまずの混み具合。20分ほどで三津駅に着き、人に道を訊ねながら潮のにおいがする商店街を港まで歩く。商店街はこれ以上さびれようもないといった様子で、人通 りもまばらである。新しい建物もなく、まるで昭和40年代を思わせる。<br />
　13時20分発の広島行きフェリーに乗船。ローカルフェリーのくせに、女性クルーは美人である。意外な気がする。ピンキーは窓側に座ると、どこでいつの間に買い込んだのか、ごそごそとお菓子を取り出し、もそもそと食べはじめている。<br />
　フェリーの窓からは「ターナー島」が見える。これも「坊ちゃん」登場の小島で、登場人物が「ターナーの絵に似ている」と言ったことからその名で親しまれている。松がぽつんと生える、本当に小さな島で、ターナーというよりは南画のおもむきが強い。明治文化人の常として、漱石も西洋かぶれだったのだろう。</p>
<p><img alt="02tana.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1998setouchi/02tana.jpg" width="230" height="229" border="0" /></p>
<p>　途中船は呉に寄港し、ちょうど3時間で広島の宇品港に着く。港からは、ここでも走っている路面 電車で市内へ。やたら古い路面電車ではあるが、その飛ばしっぷりは大したものだ。</p>
<p>　広島駅前まで、およそ30分の道のりであった。広島というと「ヤクザ」「菅原文太」「ガラが悪い」という連想方程式が脳裏をよぎるので、今晩はホテルに泊まることにする。安ホテルを探そうと、ハローダイヤル、ホテルガイド、タウンページをしらみ潰しに探し、電話をかけていく。結局ピンキーが探し当てた「セジュールフジタ」が最も安かったので、そこに向かうことにする。繁華街の西、川を渡った舟入町。「やっぱりピンコは有能だね」と、見つけた本人はいたくご満悦の様子である。<br />
　さてその「セジュールフジタ」であるが、ワンルームマンションをホテルに改造したつくりになっていて、普通 のホテルよりもくつろげるし、台所などもついている。。中はきれいで清掃も行き届いていた。これで値段は7350円。二人分の料金である。破格というべきだろう。</p>
<p>　荷を置いて、繁華街で夕食にする。「酔心」という、広島銘酒の蔵元が直営する大衆割烹が目的の店である。そこでカキフライ、カキのたたき、オコゼの唐揚げなどを注文し、ビールと熱燗で一杯。よい気分である。さすがにカキは新鮮で、生臭さが全くない。<br />
　いい気分に酔ったので、帰りは路面電車に乗るのも面倒くさくなり、タクシーで宿に帰る。</p>
<p>　ぐっすり寝こけて目が覚めてみると、夜中の2時だった。少し胃に入れたい、という飲んだ後特有の感覚に襲われたので、コンビニエンスストアーまで買い物に行く。途中、民家の玄関に、</p>
<p>　「被爆国の首相は懺悔し、八月六日、九日を国民の休日にせよ」</p>
<p>　という張り紙を見つける。悄然とした気持ちになり、明日は平和記念資料館を訪れようと思った。</p>
<hr />
<p>今日の行程</p>
<p>路面電車 松山駅前  道後温泉 約20分<br />
路面電車 道後温泉  大街道 約10分<br />
伊予電鉄 松山市 12:15 三津 約20分<br />
フェリー 三津浜港 13:20 広島港 16:20<br />
路面電車 宇品  広島駅前 約30分<br />
路面電車 広島駅前  舟入町 約20分<br />
路面電車 舟入町  立町 約10分<br />
タクシー 立町  舟入町 約5分</p>
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		<item>
		<title>1998/02/25 漫遊一日目（神戸-高松-松山）</title>
		<link>http://masahiro.morishima.jp/1998/12/31/47/</link>
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		<pubDate>Fri, 01 Jan 1999 07:59:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[四国]]></category>

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		<description><![CDATA[　すでに馴染みとなったこの船は、高松はずれの東港に到着した。2000円で四国に渡れるという気軽さから、ついついふらりと乗ってしまう。あてどもない今回の旅でも、足が向いたのはこのフェリーだった。４時間と少々の船旅である。
 <a href="http://masahiro.morishima.jp/1998/12/31/47/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　すでに馴染みとなったこの船は、高松はずれの東港に到着した。2000円で四国に渡れるという気軽さから、ついついふらりと乗ってしまう。あてどもない今回の旅でも、足が向いたのはこのフェリーだった。４時間と少々の船旅である。<br />
　今回は久しぶりにシュラフ持参の旅になった。ピンキーと一緒に野宿などをして大丈夫だろうかという不安は湧かぬ でもないが、まあいい。<br />
　東港から街までは遠い。もうすでにとっぷりと日も暮れている。停まっていたタクシーにシュラフを持って乗り込むという、妙な雰囲気から今回の旅はスタートした。</p>
<p>　さて、思い立って急に飛び出した旅であるからして、全く予定というものがない。フェリーに乗ったのも成りゆきまかせ、今晩どこで野宿をするかも決めていない。とりあえず、高松の繁華街に向かう。駅からは数百メートル離れた場所にあり、ここではやはり讃岐うどんが食べたい。高松には何度も訪れたことがあり、そのたびにうどんを食べてはいるのだが、あの喉ごしは忘れられない。<br />
　繁華街をふらふらと歩き、とあるうどん屋で生醤油うどんを食べる。生醤油うどんは高松の名物で、その名の示すとおりただの醤油をうどんにぶっかけたものである。つるりとして、もちもちとした歯ごたえのうどんは、腹の空いた身にはこたえられない。<br />
　うどん屋には宴会席もあるようで、ずいぶんと騒がしい。高松人は、宴会でもうどんを食べるのであろうか。</p>
<p>　高松駅にたどり着く。とりあえず、松山までの乗車券を買う。待つほどもなく列車は動き出した。明るい時間ならばため池が点在する讃岐平野が一望できるのだろうが、残念ながら何も見えない。岡山行きの列車なので、坂出、多度津と列車を乗り継いで愛媛県東部の工業都市、西条に向かう。すでに時計は10時を回っている。はしゃいでいたピンキーもお疲れのご様子で、ぐっすりとお休みである。<br />
　伊予西条には11時30分に到着。何もない、田舎の駅である。今夜はここで野宿にしようと思う。</p>
<p>　ところが、伊予西条駅の駅員は無情にも、「それはかなわんなぁ」と言う。「特急があるし、松山まで行ったらどう？」とまでのたまう。都市で野宿をするのは気がすすまなかったが、駅員に拒否されたのではどうしようもない。仕方なしに、特急券を買って23時45分発の「しおかぜ21号」に乗り込む。松山着は真夜中の０時40分である。</p>
<hr />
<p>今日の行程  </p>
<p>阪神電鉄		新在家 13:35	青木 約10分<br />
フェリー		東神戸港 14:10	高松東港 18:20<br />
タクシー		高松東港		高松市街 約15分<br />
マリンライナー58号	高松 20:14		坂出 20:30<br />
普通列車		坂出 21:12		多度津 21:28<br />
普通列車		多度津 21:51	伊予西条 23:30<br />
特急しおかぜ21号	伊予西条 23:45	松山 00:40</p>
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		<title>1997/12/19 男四匹・30時間四国半周その１</title>
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		<pubDate>Mon, 22 Dec 1997 07:59:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[四国]]></category>

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		<description><![CDATA[　男四人の道のりである。連れは大学入学以来の友人３人。おっとこまえの洋平、クールなのむさん、そして我らがダジャレキングかずぅ。そして私。・・・気心知れあった仲だからいいようなものの、はたから見れば何とも摩訶不思議なメンバ <a href="http://masahiro.morishima.jp/1997/12/21/8/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　男四人の道のりである。連れは大学入学以来の友人３人。おっとこまえの洋平、クールなのむさん、そして我らがダジャレキングかずぅ。そして私。・・・気心知れあった仲だからいいようなものの、はたから見れば何とも摩訶不思議なメンバーである。</p>
<p>　幾度となくお世話になった、そして今回もお世話になる洋平の愛車、グロリアで出発。神戸から、目指すは西の明石港。山側に街の灯、海には船のライトという、そこはかとなく幻想的な海岸ドライブ。この車にはCDプレーヤーがついているので、みんなで持ち寄ったCDをかけながら。<br />
　旅立ちはいつだって美しいのである。</p>
<p>　明石からフェリーで淡路島の北端、岩屋へ。30分足らずの航海ではあるが、我々は車から出て甲板に上がる。まもなく開通する明石大橋のシルエットを横目に、少しずつ遠ざかっていく明るい陸地を眺める。フェリーの蹴立てる波が、ぼんやりと燐光色に光っている。発光プランクトンのせいだろう。<br />
　岩屋からは国道を走り、島中部に位置する津名から高速道路に乗る。夜を徹して走る、大型トラックのため、意外に道は混んでいる。明石大橋が開通していない現在でも、この島経由のルートは徳島・高知と阪神地方を結ぶ最短経路であるため、生鮮食品を中心に、物流網が整備されている。この人たちのおかげで、我々の日常生活は成り立っている。なぜだか気分だけは神妙、というかいささか眠気が襲って静かなだけの４人も、ストイックな顔つきで夜の道をひた走る。</p>
<p>　四国に渡る途中、大鳴門橋で車を路肩に停め、轟々と音をたてて流れる鳴門の渦潮をのぞき込んでみる。暗くて何も見えないのだが、音だけは確かに渦潮のそれだった・・・ということにして、我々はさらに進む。高速を降りたそこは徳島市。暗闇を疾走してきた目には、まばゆいばかりの都会に映る。「四国三郎」と通称される吉野川の大きな流れを越え、道を南にとって徳島を通過。<br />
　目指すは室戸岬である。</p>
<p>　最初この旅を実行しようと思い立ったときに、洋平が「室戸岬には行きたいねん」と、遠い目をして呟いたことがあった。ロマンチストの洋平が漏らした言葉、それゆえに、なぜだか私まで、「室戸岬に行かねばならない」気分になっていた。<br />
　そう、室戸岬。その先には海原が広がるばかり。<br />
　いいではないか。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>1997/12/20-21 男四匹・30時間四国半周その２</title>
		<link>http://masahiro.morishima.jp/1997/12/21/9/</link>
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		<pubDate>Mon, 22 Dec 1997 07:59:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Masahiro</dc:creator>
				<category><![CDATA[D:旅行]]></category>
		<category><![CDATA[四国]]></category>
		<category><![CDATA[温泉]]></category>

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		<description><![CDATA[　どんづまりへの道であるからして、さぞかし路面も整備が悪かろうと思っていたのだが、意に反してきれいな舗装の道路である。時おりの山道をのぞけば、まずは快調なドライブ、といっていいだろう。
　徳島の都市圏を抜けると、道は山中 <a href="http://masahiro.morishima.jp/1997/12/21/9/">...</a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　どんづまりへの道であるからして、さぞかし路面も整備が悪かろうと思っていたのだが、意に反してきれいな舗装の道路である。時おりの山道をのぞけば、まずは快調なドライブ、といっていいだろう。<br />
　徳島の都市圏を抜けると、道は山中に入り、漆黒の闇が続くばかりである。街路灯以外、何の灯りも見えない。日頃ネオンに囲まれて暮らしているだけに、辺りを覆う闇の重さが、一段と深く感じられる。<br />
　・・・というわけで、ドライバー以外はみんな眠い。たまに誰かがうつらうつらして、ふと目を覚ませば他の誰かが沈黙に入る。</p>
<p>　県境を越え、高知県に入った。道は海沿いに走り、さすがにここまで来ると車のライトもまばらである。牛乳運送など、すれ違うトラックも朝の風情がある。とはいえ、まだ夜のとばりは重く降りているままだ。<br />
　ある海岸で、車を停めた。道路から浜に降りてみる。瀬戸内海といっても、もうだいぶ外海に近く、心なしか波の音も高い。<br />
　洋平は、以前この浜に来たことがあるのだそうだ。サーフィンをするのに、最高の波が押し寄せる海岸、彼はそんなことを言う。入江をさえぎるように伸びる岸壁を、その先端まで歩く。波音は、足の先まで響く。</p>
<p>　４時頃に室戸岬に着いた。意外にはやかった。岬の突端からは、足下から断崖がのぞく。隆起運動によって生成された土地なので、断崖が高いのだ、というのはのむさんの弁。こういう人が行程を共にしてくれると、旅先での見聞も深まるというものだ。<br />
　とりあえず、朝日が昇るまで仮眠することにする。太平洋から浮かび来る大洋は、また格別なものだろう。<br />
　ところが、６時くらいに目を覚ましてみると、雲がたれ込めおまけに小雨までぱらついている。運が悪い。それでも、展望台まで階段をのぼってみる。<br />
　海だけが、目に入る。<br />
　その先に、何もない海。<br />
　徐々に、陽の光が海原を染めあげていく。雲のせいでぼんやりとした明るさだけれども、それがかえって、幻想のような風景だ。</p>
<p>　朝の空気が漂いはじめたので、我々もさらに進むことにする。次の目的地は高知だ。土佐湾沿いに、その向こうに続く太平洋を眺めながら。<br />
　室戸岬に向かう徳島側の道路より、こちらの高知側のほうが狭いし、舗装も貧弱である。高知に向かうにつれて交通量も増え、少し渋滞気味だ。このあたりには「阿佐線」という、建設途中で断念された鉄道の跡がある。高架橋やトンネルが、混雑する道路を横目に見え隠れする。<br />
　途中で仮眠をとり、昼には高知に着いた。何だか、ここも徳島と同じく大都会のように見える。四国は交通の便が悪く、そのぶん各県の独立性が強いので、県庁所在地は人口のわりに設備が整っているのだろう。</p>
<p>　高知、といえばカツオである。今は冬のまっただ中、時期ではないがその調理法はやはり本場のものが味わえるだろう。<br />
　繁華街をふらふらと歩きまわり、大丸百貨店の隣にある地下の土佐料理屋に入る。なかなか落ち着いた店構えで、間仕切りの座敷になっているのがなおよい。四人バラバラのものを注文するが、みんなカツオのたたきだけははずさない。<br />
　アサツキを散らしたカツオは、確かにうまい。決め手は土佐酢だろう。普通に食べるカツオを凌駕しているのはこの点だった。その他の焚き物なども、上品な味付けである。<br />
　が、少し雰囲気が堅い。寝不足に加え、いきなり繁華街で小座敷なんぞに通されたせいだろう。<br />
　と、刺身を頬ばっていたかずぅが、<br />
　「グッドですわ！」<br />
　と、親指まで立ててその味を表現してくれる。「・・・だから？」と、３人の反応は一様に冷淡ではあったが、その後雰囲気がくつろいだのは確かである。くつろぎすぎて、残りの道中が「ダジャレ特急」になってしまったのだが、それはさておいて、ここは「ダジャレキング」の面目躍如、というところだろう。</p>
<p>　高知城を車窓から眺めるだけ眺めて、桂浜へ向かう。四国有数の風光明媚なところである。</p>
<p><img alt="d_photo1.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1997shikoku/d_photo1.jpg" width="320" height="240" border="0" /></p>
<p>　しばらく、海岸沿いを散策する。波は高く打ち上げては低く押し寄せ、途切れるところがない。あいにくの天候で、独り旅なら自殺を考えるくらい陰鬱な景色であったが、我々は幸いにして４人、しかも「ダジャレキング」を含むメンバーである。それでも、果てしなく続く大海を断崖の上から眺めていると、不意に虚無感が襲ってくる。</p>
<p><img alt="d_photo2.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1997shikoku/d_photo2.jpg" width="180" height="240" border="0" /></p>
<p><img alt="d_photo3.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1997shikoku/d_photo3.jpg" width="180" height="240" border="0" /></p>
<p>　桂浜そばの公園には、太平洋を見下ろすようにして坂本龍馬の銅像が建っている。我々も、浜辺から海を眺め続けた。気分はジョン万次郎である。</p>
<p>　再び高知市内に戻る。市街を抜けて、高松へと向かうのだ。高知市内は縦横に路面電車が走っており、町中でもその姿をよく見かける。</p>
<p><img alt="d_photo4.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1997shikoku/d_photo4.jpg" width="320" height="240" border="0" /></p>
<p>　高知へは、高知市の手前まで高速道路が延びているので、そこまでの道は車線も広く、走りやすい。車は快調に走っていく。<br />
　この先どう行けばいいのか、洋平が訊ねるので、私は道路地図を見ながらアドバイスをする。それから、洋平に語りかけてみた。<br />
　「・・・洋平は、ドラえもんだね」<br />
　「・・・は？」<br />
　「だって僕は、ナビ太くん！」<br />
　すかさずかずぅが、「ナイスですわ！」と合いの手を入れてくれる。いかん、私までおかしい。恐るべしダジャレの伝染力。洋平とのむさんは、こいつら面倒見きれんといった風情で、いささか憮然としている。</p>
<p>　高速道路を通らず、地道を選択した。山越えのワインディング・ロードである。高知と高松を結ぶ幹線道路だというのに、とてもそんな雰囲気はない。高速道路の開通が地方の悲願だという話も、この道を見ていればなるほどと納得させられる。曲がり道で、洋平がカーブのドライビングの実践をしてみせる。かずぅとのむさんはその話に聞き入っているが、免許を持っていない私には何のことだか、さっぱり分からない。</p>
<p>　途中、道は徳島県を横切っていく。徳島といえば海のイメージが先行するが、四国の中心部は香川・高知・そして徳島の三県が密着しているのだ。その徳島県山間に、大歩危（おおぼけ）温泉がある。渓谷美で有名な大歩危小歩危である。すでに日も暮れ、渓谷の様子は分からないが、旅疲れを癒すためにも、温泉ときいては素通りするわけにはいかない。<br />
　幸いその旅館は公共施設で、数百円で入浴することができた。さっぱりとしたいい湯である。脱衣所にある効能書きを読めば、どこの温泉でもそうなのだがまるで万病に効くような触れ込みである。確かにさっぱりとして体も軽くなり、車を再スタートさせる。最後の目的は、高松で食べる讃岐うどんである。</p>
<p>　山道を抜け、田園が広がる讃岐平野に至る。それでも高松市街に近づくまで、道はこれが国道かと思えるくらいの狭さである。そんな細道を、トラックがびゅんと走り去っていく。</p>
<p>　のむさんが以前高松を訪れたときに行った「黒田屋」で、本場のうどんを食べる。麺のコシが違う。もちもちとして、こたえられないうまさである。空きっ腹も程良い満足感に変わる。何だか、満ち足りてしまった。<br />
　満ち足りたそのままの顔で、フェリーに乗り込む。長く響く汽笛を鳴らしながら、船は神戸に向けて出航する。</p>
<p><img alt="d_photo5.jpg" src="http://masahiro.morishima.jp/wp-content/img/1997shikoku/d_photo5.jpg" width="320" height="240" border="0" /></p>
<p>　このあと、船内で酒盛り。みんなは125ミリリットルのプチ缶ビール。私は「お燗機能付きカップ酒」。最後まで、不思議としまらない４人である。</p>
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